皆さんこんにちは🎶


今回は私が生まれ育った家庭のお話を!

かなり長くなるので、お時間ある時に読んでくださいねー飛び出すハート

※DV的な内容もあるので、苦手な方は読まないでください!!!


当時の家族構成

⚫酒乱の祖父(15年前に逝去)

⚫精神疾患の祖母(現在90歳元気です。)

⚫地方公務員の父(現在68歳)

⚫専業主婦の母(3年前に逝去)

⚫私

⚫2つ下の弟



私の実家での記憶はガラスが割れる音、怒声などあまり良いものではありません。


酒乱の祖父と精神疾患(病名は今だに教えてくれません。)の祖母の喧嘩が始まると、お互い殴る蹴る。

暴れまくって家中のガラスが割れる。

私と弟は怯え押入れに隠れる。

父が勤務の日は、母が私たちに被害が及ばないように守ってくれました。

時には自分が殴られ蹴られても、私達には指1本触れさせない!って感じで。


包丁を持って暴れる祖父の姿は今だに鮮明に覚えています。


家を出ようと母が父に話すも、やはり昔の田舎です。

長男だから…と話にもならず、母は父が嫌いとかそんな事は全くなく、そして離婚したとしても子供2人連れて路頭に迷ってしまう、子供にひもじい思いはさせたくない。とずっと我慢していました。


ある日小学校から帰ると、祖母が居間で倒れていました。

あわてて母を呼び、母が119番通報。

なんと祖母は農薬を飲み自殺をはかろうとしたのです。

飲んですぐのタイミングだったみたいで、胃洗浄や適切な処置を受け助かりましたが、もちろんしばらく入院です。

もう小学生だった私はしっかり感情もありました。

救急車に同乗した母を迎えに行き、祖母の状態を聞いた時、正直、なんで死なんかったん?死んだら良かったのに。って思っていました。

祖父母が母を殴るのを見ていたから、2人とも憎くて仕方なかった。

大っ嫌いだった。


それから2,3日後だったと思う。

祖母はまだ入院してたので、さすがに喧嘩相手の居ない祖父も大人しくしていると思ったら、一升瓶目の前に大きなコップでガブガブ水のように日本酒を飲んでいました。

また始まった…と思ってたら、台所に行き、包丁を持ち出し、私は怖くて動けなくなってジーッと見ていると、祖父自身のお腹にプスプスと刺していました。

もうね、怖くて怖くて声が出ない。

たまたま父が台所にお茶を飲みに来たので大事には至らず。

今考えると死ぬほど深く刺してなくて、ちょっと血が出た程度だったので、死ぬ気は毛頭なく構ってちゃんだったのだろうと思います。


でもね、小学生の私にとっては怖すぎました。


私も弟も中学生になると、まぁいわゆるヤンキーってやつですね💦笑

始まりはやっぱり家が嫌で帰らなくなり、でも、母の事は本当に心配だったから、1日1回は必ず母の顔を見に帰るのですが、みんな寝静まるまで帰らない。という風な生活を繰り返していました。


ある時たまたま私も弟も同じタイミングで家に居た時、ヤンチャな私達に祖父母揃ってごちゃごちゃ言ってきて、私は言い返してましたが、弟が途中でプッチーンとキレてしまい、祖父に掴みかかり「俺はお前らみたいに手は出さん!お前らクソと一緒になりたないからな!でもな、これだけは覚えとけ!俺もお前らの血流れてるからこれ以上俺の親と姉ちゃんに何かしたら、次は手加減せんぞ!!」と大迫力でした。

そりゃ、外では喧嘩もしてくるヤンキーの男の子にお爺さんは勝てませんよね笑

それから少しずつ祖父母は大人しくなっていきました。

まぁ、自分達の年齢、老いも感じたんだと思います。


他にも色々ありました。

全部話そうと思ったらキリがありません😶💦

なのでこれくらいにします笑


こんな家庭で育った私は、今でも突然の大きな音、怒鳴り声、ガラスが割れる音がトラウマです。


そして、こんな家庭で育った私だから、私の子育て論、【⠀一日ひと笑い  】でした笑

笑う門には福来る!笑ってたら何とかなるで!って笑う事を大切にしてきました❤

なので、私の娘はよく笑います笑笑

勉強は苦手だけど、面白い事をして周りを笑わせる事は得意です笑

あの子が居ると周りが明るくなるね!とよく言ってもらえます。

そんな娘がいる私は、宇宙一幸せだと思っていますチューリップ


長々と読んでくださったみなさん、ありがとうございました😊


次回何書こうかな?