小さい頃から絵を描くことが大好きで、「絵が上手いね」「天才だね」って周りからずっと言われて育ってきた。
そんな環境のおかげで、当然私も自分のことを天才だと思っていた。
そして自然に「漫画家になりたい」と思うようになった。
支離滅裂な漫画を自由帳に書き殴って、何かの拍子にそれが編集者の目にとまり、そのまま花々しくデビューするもんだと信じて疑わなかった。
小5のとき、はじめてかの少女漫画の登竜門「りぼん」に漫画を投稿した。
タイトルは忘れもしない「コンビ⭐︎ライン」
(双子の繋がりって意味にしたかったけど、知ってる英単語がこれしかなかった)
結果はCクラス。いちばん下のクラスだった。
雷が落ちたような衝撃だった。
だって私は「小学生デビュー!」みたいな、単行本の帯に「小5の冬に描きました!」って綴るような、そんなキラキラのサクセスストーリーを本気で夢見てたから。
当時の空気って、「若くしてデビュー=才能ある」っていう風潮がすごくあったように思う。
私もその波に乗りたかったし、投稿作が編集部でざわつくくらいの「すげぇ新人が来た!」って言われたかった。
でも、現実はCクラス。
私の鼻は、さっくり折られた。
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それ以来、高校までは趣味で漫画を描きながらも、本気で漫画家を目指すなんて夢のまた夢だと思っていた。
でも、高校に入って東京に引っ越したことで、ふと
「東京に住んでるんだから、簡単に出版社に持ち込みができるじゃないか!」
と思い立った。
完成してない漫画原稿を小脇に抱え、意気揚々とマーガレットに持ち込みに行った。若気の至りって時に脅威だ。
当然、担当もつかず。
けれど、作品の評価もろくにもらえなかったくせに、「出版社の中に入れた!」っていう高揚感だけをお土産に、私はその日、帰宅した。
自分を天才だと思って育ったあたり、根はとてもポジティブなのだろう。
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美術大学に入ってからは、ぬるま湯の中で、なんとなーく制作をし、バイトをし、遊んだ。
そして当たり前のように就活をした。
広告代理店とか映像制作会社とか、説明会にも面接にも周りに習ってちゃんと行った。
でも、みんなが同じリクルートスーツを着て並んでるのを見てると、なんだか気持ち悪かった。
「社会って、こんなにも“枠”にはまってないといけないものなの?」と、冷めた気持ちが心のどこかにずっとあった。
面接帰りの電車の中で、窓に映るマンションや高層ビルが牢屋のように見えた。
かといって、スーツを着ずに無職のまま卒業する勇気もなくて、
「このままじゃヤバい」って思いながら、就活を続けていた。
だけど、私が面接で聞きたいことって「どれくらい休めますか?」だけだった。
その瞬間、心の中で思った。
――あ、私、働く気ないわ。社会不適合者だ。
そんなときになんとなくノートに書いたネームが、しっかり起承転結ができていることに気づいた。
始めて漫画らしい漫画をかけたことに、私は震えた。
それが引き金となり、「これは完成させなきゃ!」と投稿用の漫画にすることを決めた。
みんなが就活を頑張っている中、私は夢中で漫画を描いた。
今までならろくに読まなかった漫画雑誌の巻末にある「漫画投稿ページ」の批評欄をしっかり読み込んで、
「ここに書かれてることを全部やったら、デビューできるかもしれない」って、できることは全部取り組んだ。
“好きな作家を模写しろ”と他の人の批評欄に何度も書かれてたから、大好きなジョージ朝倉さんの目の描き方をひたすら真似した。
似てるかどうかなんて今見ると悲しいくらい似てないんだけど、机に貼って、睨みつけるように観察して、真似して。
見つけてもらうには自分を変えるしかないって思って、個性至上主義だった私が初めて
「人に読んでもらうために、自分の絵を変えよう」
と思って努力した。
そして16ページの読み切りを完成させて、
またもや私は遊園地に行くようなワクワク感で出版社に持ち込みに行った。
就活の面接では、あんなに気が重くて、自分がつまらないコマの一部にしか思えなかったのに、漫画の持ち込みは違った。
だって、それは一対一で、自分の「作品」を見てもらえる場だったから。
そして、その持ち込みでついに担当さんがついた。
しかも、その担当さんがイケメンだった。
私はそこからさらに謎のスイッチが入って、
「担当さんに漫画を褒められたい!なんなら私のことも可愛いと思ってくれ!!」と半年で7キロ痩せた。
個性至上主義の私は、ここでも「可愛いと思ってもらうには、世間一般のかわいい基準をまず知らねば!」と、服を総入れ替え。
初めてマネキン買いをした。
漫画で学んだことを他のことにも適用し始めたのだ。
イケメン担当により、漫画創作意欲も美意識スイッチも入った私は、次の作品でデビューする。
しかも、ありがたいことに大学在学中にデビューし、卒業と同時に初連載が決まった。
しかし、このあと、私は「連載=ゴール」じゃなかったってことに気づかされる。
本当の“迷子”は、ここから始まったんだと思う。


