11月19日はhideの命日流れ星

お友達がいないhideがお空で淋しくしてないかなって、ずっと心配してました。

今年、弟のRyuもお空へ行って、マミィは淋しくて淋しくてえーん

でも、4年ぶりにhideとRyu、仲良し兄弟が再び出会えて良かったと考えたりハート




アメブロはヒデリュウの日記として始めました。

お別れもあって悲しいこともあったけど、ここでたくさんのワン友ができたことに感謝しています。

本当にありがとうハート



お終いあしあと


帰省するたびにリュウに会えることを楽しみにするんだけど、いないんだよね。。



面白い子だったおねがい


優しい子だったおねがい


ヒデのことが大好きだったおねがい


白髪が増えたけどそれもまた可愛いかったおねがい


去年の今日は全然元気で、20歳も夢じゃないって思ってた。

あれから百箇日。ものすごく会いたいよ、Ryuラブレター


リュウが亡くなった翌日のこと、庭に出たら、この辺で初めて見たアゲハチョウ、しかも白黒の、私の目の前をヒラヒラヒラヒラ飛んでるのです。思わず、「リュウ!」って叫びました。そうすると葉に止まって、また飛んで、また葉に止まってと、そして、見えなくなりました。3分くらいの出来事でした。

私が帰省するといつも喜んで部屋を走り回っていたリュウを思い出します。



リュウは9歳の時から心臓のお薬を飲んでいました。毎月の通院ではエコーで診てくれるのですが、ずっと安定してました。

2ヶ月くらい前から後ろ足が弱くなり、左回りに回るようになり、頭も左に傾くようになり、前脚も弱くなって、立てなくなりました。ご飯も食べなくなって、3.7キロの体重がどんどん減って2.7キロに。

医師からは脳腫瘍かもしれないが、全身麻酔が必要な検査となるためできないと。QOLのためと、ステロイドのお薬が出されて、リュウは最期まで心臓のお薬とステロイドのお薬はちゃんと飲んでくれました。

一人暮らし、昭和13年生まれの母のことを守ってねとヒデリュウに言ってきました。ヒデが亡くなってからはリュウと母は面白コンビでした。今年に入って母が体調を崩し、リュウも急速に衰え始めました。リュウは優しい子なので、母の負担になってしまうと思ったのかもと考えたり。。


故郷では仕事が見つからず、2016年4月、私は東京へ引越しました。ヒデリュウは母に預けることにしました。寂しい所に住む母を1人にしてしまうことが心配で、ヒデかリュウどちらかをということは仲良し兄弟なので決められませんでした。

私がまだ新しい職場に緊張していた頃、昼に母から連絡があり、リュウがいなくなったと。山の中なので、見つけることはできないと心臓が止まりそうになりました。母が知り合いに車を出してもらい、あちこち捜索をしました。見つかる訳もなく、ダメ元で防災行政無線でリュウのことをアナウンスしてもらいました。

すると、チワワではないかもしれないけれど、黒色の小さな犬を見かけたという情報が入りました。たまたま畑仕事をしていた人がいて、見たことがない犬に印象が残っていたようでした。リュウは山の方ではなく里の方へ、お出かけするときにいつも車で通る道を下って行ってたのです。

里の住人がリュウを捕まえようとしたそうですが、かえってリュウは怖がって草むらに入りこみました。そこへ母が迎えに行き、母にも吠えたそうですが、夕方無事に戻ることができたのです。

奇跡でした。本当に本当に嬉しかったです。その週末、私は帰省してリュウをぎゅっと抱きしめました。

リュウは、私が帰省して東京へ戻る時間がせまってくるといつもワンワン、キュンキュン鳴く子でした。



ヒデにもリュウにも淋しい思いをさせたこと、母にばかりヒデリュウの世話をさせたこと、私はひどい飼い主です。


8月13日、迎え火をしました。

8月14日、リュウの四十九日、本当にお空へ行ってしまう日だけど、お盆でヒデが帰ってきているから、送り火の日に一緒にお空に行くといいね。




リュウはマミィの宝物。

リュウにはたくさんたくさん感謝してるよ。

ありがとう、リュウ。