敏腕ワイン醸造家の彼主催のディナーにて。
『ミロさん。たまにはおいし~ぃワイン、ゆっくり飲まない?』
あまりにあくせくしてるわたくし、
不憫に思われたのか
フレンチ&ワインガイドしているお方より
突然のディナーにお誘いいただきまして、
こちら→☆へ。

ミッドタウンの天空で。夜景見ながら
って、優雅だわ。

主催は、ワイン好きなら当然ご存知でしょう!
な
PAUL HOBBS氏。

・・・・って、あたしは存知あげませんでした・・・。
がはは~。
汗。
恥。
ですが、ディナーにお集まりの紳士淑女なみなさまは
当然周知。
お隣にお座りの女性なんぞは、ロス在住20年以上の優雅なマダムで
Paul Hobbsさんのワイナリーにも何度も足を運んだそう。
来日してのディナー会があるってゆ~んで、
喜び勇んで参加とのこと。
で・・・
お隣の素敵なマダムの説明によると
この会の主催者Paul Hobbsさん、
すんごい敏腕なワイン醸造家らしい。
詳しくは、各自ググッてください。
簡単に説明しますと、ホッブスさんはね、
『ロバート・モンダヴィ』 での調査技師、
『オーパス・ワン』 醸造チーム入りしチーフを務め、
カリフォルニアの錚々たるワイナリーから続々と
コンサルタントのオファーを受けるまでになり、
満を持して、念願の自分のワイナリー設立に至り、
ロバートパーカー100点満点のワインを創り出す醸造家に
至ったという
輝かしい
経歴の持ち主。
とのこと。
なんだけど
さ。
あたしが、注目したのは、そんな輝かしい経歴じゃない。
まずは、
やっぱし、ワインが美味いってとこ。
料理が最高ってこと。

それから、
その人柄。ちょ~お茶目♪
『今夜は僕のワインに合わせた素敵な料理を
この奥の舞台でプレイするマジシャンの手から飛び出てくる
マジックショーとともに楽しんでくださいね。』
とか言っちゃうのよ。
ええと、そ、つまり、厨房を料理マジックの舞台に
たとえたわけですね。
(って、説明すると、この上なく野暮
だな・・・
)
ホッブスさんの話によると、
家の食卓には、母親のポリシーで、一切お酒が置かれることがなかったそう。
ポールが16歳になったある日、父親は1本の白ワインを買って帰ってきた。
父はそのワインを紙コップに注ぐと、お水のように食卓に並べた。
その香り、その風味、その味わい…。
ポール16歳、瞬間にして紙コップに注がれた1杯の液体の虜に。
それが、ポールとワインとの出会い。
実は、紙コップに注がれたワインは、『シャトー・ディケム』
の1962年ものだったそう。
すげ~。
その後ポールは親戚の叔父が医者だったこともあって、
医者を志して大学へ進んだらしいけど、
ワインの道をあきらめきれずに中退。
ワイン学校でワインを学んで、
前に書いた輝かしい経歴をたどることになるんだ。
けどね、そんな話より、
あたしが関心を持ったのは、親御さんとのこと。
『ねぇ、お母さんは反対しなかったの?だって、医者でしょ?
ワイン醸造家なんて、茨の道じゃなかったの?
あたしね、こどもの教育に携わってるのよ。
特に大人とこどもの関わりについてはなんたらかんたらなんたら
かんたら・・・・』
とポールを(下手な英語で)質問攻めに。
で、とっても気さくなポール
快く答えてくれて話が弾み。
ポールの話を要約すると
『最初は反対、というか、驚いていたし、心配もしていたさ。
だけど、僕の説得が本気だとわかると、父親は自分の所有していた
リンゴ園を僕にくれたんだ。僕はりんごの樹を全部引っこ抜いて、
葡萄の樹を代わりに植えたんだよ。
僕は、ワイン醸造家をしてスタートしたんだ。
そうなると、みんな応援してくれた。
母は
『あなたが自分で決めて創ろうとしている生き方だから応援する』って。
That is the mom.』
う~ん!!!!
親が偉い!
『僕がオーパスワンの最高醸造リーダーになった時は
母は安心していたよ。
そう、LIFE is ARTだよね。自分の生き方は自分で作る。』
だよね~。
Life is about creating ourrself。
だよね~。
と、微笑みあい乾杯するポールとあたし。
あたしも
PAULのママ見習ってGO!
すべく精進します。と誓いあった夜。
あ~。いい夜
だった。
お誘いくださったSさん、本当にありがとうございました。
アナウンサーのAちゃんも、
アーティストのSさんも、
臨席のご夫妻も、

とびきり素敵で、
幸せなひとときでした~。
ってか、
朝からかみ振り乱して走る
このLEAR LIFEからは想像しがたい世界。
もしかして
あれって、
夢か?
・・・・・・・
魔女だってたまには夢も見たく、
よろしければ、ふらりと
夢の舞台のお伴にお誘いいただければ幸いです。
あまりにあくせくしてるわたくし、
不憫に思われたのか

フレンチ&ワインガイドしているお方より
突然のディナーにお誘いいただきまして、
こちら→☆へ。

ミッドタウンの天空で。夜景見ながら
って、優雅だわ。

主催は、ワイン好きなら当然ご存知でしょう!
な
PAUL HOBBS氏。

・・・・って、あたしは存知あげませんでした・・・。
がはは~。
汗。
恥。
ですが、ディナーにお集まりの紳士淑女なみなさまは
当然周知。
お隣にお座りの女性なんぞは、ロス在住20年以上の優雅なマダムで
Paul Hobbsさんのワイナリーにも何度も足を運んだそう。
来日してのディナー会があるってゆ~んで、
喜び勇んで参加とのこと。
で・・・
お隣の素敵なマダムの説明によると
この会の主催者Paul Hobbsさん、
すんごい敏腕なワイン醸造家らしい。
詳しくは、各自ググッてください。
簡単に説明しますと、ホッブスさんはね、
『ロバート・モンダヴィ』 での調査技師、
『オーパス・ワン』 醸造チーム入りしチーフを務め、
カリフォルニアの錚々たるワイナリーから続々と
コンサルタントのオファーを受けるまでになり、
満を持して、念願の自分のワイナリー設立に至り、
ロバートパーカー100点満点のワインを創り出す醸造家に
至ったという
輝かしい
経歴の持ち主。とのこと。
なんだけど
さ。
あたしが、注目したのは、そんな輝かしい経歴じゃない。
まずは、
やっぱし、ワインが美味いってとこ。
料理が最高ってこと。

それから、
その人柄。ちょ~お茶目♪
『今夜は僕のワインに合わせた素敵な料理を
この奥の舞台でプレイするマジシャンの手から飛び出てくる
マジックショーとともに楽しんでくださいね。』
とか言っちゃうのよ。
ええと、そ、つまり、厨房を料理マジックの舞台に
たとえたわけですね。
(って、説明すると、この上なく野暮
だな・・・
)ホッブスさんの話によると、
家の食卓には、母親のポリシーで、一切お酒が置かれることがなかったそう。
ポールが16歳になったある日、父親は1本の白ワインを買って帰ってきた。
父はそのワインを紙コップに注ぐと、お水のように食卓に並べた。
その香り、その風味、その味わい…。
ポール16歳、瞬間にして紙コップに注がれた1杯の液体の虜に。
それが、ポールとワインとの出会い。
実は、紙コップに注がれたワインは、『シャトー・ディケム』
の1962年ものだったそう。
すげ~。
その後ポールは親戚の叔父が医者だったこともあって、
医者を志して大学へ進んだらしいけど、
ワインの道をあきらめきれずに中退。
ワイン学校でワインを学んで、
前に書いた輝かしい経歴をたどることになるんだ。
けどね、そんな話より、
あたしが関心を持ったのは、親御さんとのこと。
『ねぇ、お母さんは反対しなかったの?だって、医者でしょ?
ワイン醸造家なんて、茨の道じゃなかったの?
あたしね、こどもの教育に携わってるのよ。
特に大人とこどもの関わりについてはなんたらかんたらなんたら
かんたら・・・・』
とポールを(下手な英語で)質問攻めに。
で、とっても気さくなポール
快く答えてくれて話が弾み。
ポールの話を要約すると
『最初は反対、というか、驚いていたし、心配もしていたさ。
だけど、僕の説得が本気だとわかると、父親は自分の所有していた
リンゴ園を僕にくれたんだ。僕はりんごの樹を全部引っこ抜いて、
葡萄の樹を代わりに植えたんだよ。
僕は、ワイン醸造家をしてスタートしたんだ。
そうなると、みんな応援してくれた。
母は
『あなたが自分で決めて創ろうとしている生き方だから応援する』って。
That is the mom.』
う~ん!!!!
親が偉い!
『僕がオーパスワンの最高醸造リーダーになった時は
母は安心していたよ。
そう、LIFE is ARTだよね。自分の生き方は自分で作る。』
だよね~。
Life is about creating ourrself。
だよね~。
と、微笑みあい乾杯するポールとあたし。
あたしも
PAULのママ見習ってGO!
すべく精進します。と誓いあった夜。
あ~。いい夜
だった。お誘いくださったSさん、本当にありがとうございました。
アナウンサーのAちゃんも、
アーティストのSさんも、
臨席のご夫妻も、

とびきり素敵で、
幸せなひとときでした~。
ってか、
朝からかみ振り乱して走る
このLEAR LIFEからは想像しがたい世界。
もしかして

あれって、

夢か?
・・・・・・・

魔女だってたまには夢も見たく、
よろしければ、ふらりと
夢の舞台のお伴にお誘いいただければ幸いです。