酸素、普段居間に居る間は、子器に移し替えたのを使用しているのですが、

お風呂と寝る時は、親機から延長ホース?を使い使用しています


親機自体は廊下の隅に設置してあり、2~3歩移動すれば、風呂や部屋に到達する範囲内なのですが

よくやる、酸素の遮断は、入浴中

流石に、入浴中は脈拍も160~になってしまうので怖くて酸素して入ってます


私は、大腿骨頭壊死もあるので、20年前から介護椅子に座って

髪や体を洗うのですが、そこで、やらかすのは椅子の下にカニューラを踏んでしまう事

洗うのに集中しているから、出てないとか気付かずに続けてしまいます

酸素吸い始めは、警告音で母が知らせに来てくれっていましたが、

今は、まただよ。と気にも止めない様です

自分が移動した時に、くる勢いの良い風圧が鼻にきて気付くパターンです

延長ホース事態は、よほどで無ければ遮断ならないんですけどね・・・・


が、もっと馬鹿だな~と・・・

いつもの様に洗髪していて体を起こしたら、鼻に風圧

ん!?踏んでた?

椅子を確認するも踏んでた様子がなく、よくよくカニューラの位置を確かめたら

胸と腹の間に( ̄□ ̄;)

はい、2つの贅肉がご丁寧に酸素を遮断していましたブタ


もう、笑うしか無かったです


痩せたくても、ここのお肉だけは落ちないのよね~

(痩せる気ないくせに)












笑われるかも知れませんが・・・・

私の1年通しての家での服装


7月末~8月お盆頃まで

半袖・5分丈スパッツ・ジャージのズボン


8月お盆過ぎ~10月頃まで

長T・7分~10分丈・薄地のスパッツ・厚地スエットパンツ


11月~

フリースのタートルネックT・10分丈スパッツ・暖パン(中がフリースで、上がナイロン?カシャカシャ素材)


12月~6月前半

フリースのタートルネックT、フリース・厚地のスパッツ・暖パン


6月後半~7月前半

ヒートテックの長T・パーカー・7分丈スパッツ・厚地のスエットパンツ


パジャマは、夏でもフリースの長袖

冬は、ベロア素材のパジャマ


布団は、

真夏は、タオケットと厚手の肌掛け毛布

後は、タオルケット・電気毛布・毛布・上掛け布団

しかも、昔ながらの重い布団


聞いただけで腐りそうでしょ(笑)

いくら、東北住みや隙間風が多い家だとても

異常だ!って皆から言われます


でも、これで無いと寒くてダメ

布団も、重くないと関節が安定し無くてダメ(脱臼とかでなく)

サポーター的な感じ。ある程度重くて体が固定されないと関節がきしむ感じがする


汗かきのくせに?

と思うかも知れませんが

汗っかきの寒がりなんです

姉曰く

あんたの汗は、暑くて出る言うより

変な汗と・・・

暑くて出ると言うよりは、のぼせる様な汗だと・・

もちろん暑い時も、汗かきますよ

ただ、食後とか冬でも出る

一生懸命になればなるほど出る

汗かかないよりは、かくほうが菌と戦える力があると主治医は言っておりましたが

それで、冷える事も多い。体温調節が上手くいかなくて困ります



ただ、幼少時から靴下大っ嫌い

家に居る時は、2年前までほぼ裸足

冬は、コタツに入ってほぼ動かないから出る時のみだった

足にはレイノー症状でてなかったので、大丈夫だったんだけど

去年辺りから、体の冷えの為にも涼しい時は履くようになった。


今週に入り気温が一気に下がり

家の中でも20℃とか・・一週間前まで30℃越してたのに

今年も、そろそろ靴下かな?

と思ってた、月曜日の夜湯船に足を浸けてたら

ビリビリ痺れだした。手は血流も悪い事もあり夏でも冷やし過ぎるとなるんだけど、足裏は初めて

冷えた?急に循環が良くなってるのだろう。温めたら落ち着くよ

と・・・さほど気にせず 寝ようとしたが、痺れが取れない

翌日も・・・・そして今日も一日中、足裏痺れぱなし


厚手の靴下履いて、靴下カイロつけて、ルームシューズ履いて温めたも治らない

骨壊死になってから、体勢がきつく足裏なんて殆どチェックして無かったから

去年の状態がどうだったかは、記憶に無いけど、鏡で見ると、所々紫・・・・

手は、相変わらず血流は悪いけど、まだお利口さんにしている(笑)


指血栓繰り返してるので、早目の対応しないとダメなんだけど

今年は、まだパルクスの点滴はしたくない。

ん~限界なのかもな・・・

ダメなら、明日主治医のクリニックに行って来ようと思います


ただ、お伺いTELするのが嫌なんだよね~











私の様に、気まぐれ更新では無く、ほぼ毎日UPしていた彼女のブログが

7月末更新が途絶えてしまいました

今日は、UPしているかな?毎日お邪魔しても変わらず・・・

体調悪いのかな?入院して無いと良いな・・・

メールを送ろうかとも思いましたが、逆にその事が負担になってしまうのでは?

「また、元気になって戻って来るよ」

そう信じずっと様子を見ていたのですが、どうしても気になりメールを送った後日

別の方のブログで永遠のお別れになった事を知りました

えっ!?なんで?ブログUPしてた日だよ

何があったの?

頭の中が真っ白・・混乱の中でメールしてしまい

後で見たら文章が滅茶苦茶。Hさん、すいませんでした

それでも、どこか信じられず何度もブログ覗いたり、掲示板観たり

以前の彼女なら、お休みする時は、きちんとお知らせしていた

例え、自分で書き込みできない状態だとしても、誰かに伝えていただろう

それが、今回は無い

残念だけど、悲しいけれど、現実の様です


私が、携帯持ったのも遅く イマイチ良く分からず(PCも無く)

携帯でも、色々検索や他の方のブログが見れると分かったのが7年前


そこで、一番初めに検索したのが

『1975年生まれ SLE』

一人の女の子の事を知りました


中学の親友も、病気になってから会う機会も無くなり

性格上同じ病気の方と面と向かってお話することが、出来ず、同年代の方もおらず

誰にも分って貰えない気持ちのモヤモヤを抱えていた時でした


同い年で、背も130㎝台で色々重なっていた彼女

この方とお話がしたい!

そう思い、メールで自己紹介をさせて頂いたのが始まり


小6から病気と戦っていて

凄く前向きで明るい方なんだなぁ~

と第一印象


何度かメールのやり取りやホームページに遊びに行ってるうちに

私のブログなんて誰も見ないかも知れないけどブログ始めて見ようかなと・・・


7年ブログやっていて唯一メールのアドレスと本名を教えた方

同い年なのに、最後まで「さん」付けで

正確な住所も電話番号も顔も声も最後まで教え合わなかったけど

ずっと繋がっている様な気がしてた

勇気づけられた事も何度もあった


明るくて優しくて、誰からも愛され、慕われていた彼女


神様は、どうしてこんなに良い方を早く奪ってしまうんだろう

何も役に立たず、我儘、愚痴ばかり言ってるの私の方が、価値なんかないのに



痛く無かったかな?苦しくなかったかな?

もっともっと、やりたい事沢山あったんじゃないかな?


私がもっと動けたなら、どこでもドアがあったら

一度で良いから会いたかったよ・・

静岡は、遠すぎたよ・・・


沢山の優しさと、勇気、元気を貰ったのに

私は、彼女に何も出来なかった

悔しいよ


今彼女は、痛みも不自由な所も無く自由になれたのかな?

そうなっていて欲しいな


私は、空の上でまた、貴方とメールできる日がくるまで

ギャーギャー・グチグチ喚きながらも、生かされてる限り頑張るよ


本当に本当に今までありがとうございました

裕子ちゃん、またね