先月の18日に甥君小学校卒業し、春休みはほぼ毎日わが家へ登場しておりました
うん、何歳になっても子供のパワフルさは変わらない
そんな春休みも最終日に、大切な方とのお別れもありました
本家のお婆ちゃん
祖父は、奉公人として、本家のお宅で働いていました
そこで働きながら祖母と一緒になり母が生まれ分家になるまで一緒に生活していました
本家には、娘さんが3人。一人っ子の母は姉妹の様に育ち
お互いに結婚し、産まれたのが私達
姉を先頭にSちゃん、私、Mちゃん、Kくん、Kちゃんの幼馴染の六人
年齢も姉とSちゃんは1つ。2つ開いて私、1つ違いのMちゃん2つ違いのKくん。5つ違いのKちやん
(学年で言うと小6・小5・小3私・小2・小1・年中)
年齢も近い事もあり、私達も親と同じ様に本当の姉妹の様に朝夕食と寝る以外は殆ど一緒の生活
ちょこまかした、子供達を2人の祖母はよくお世話してたな~と改めて感じさせられています
だから、血の繋がりはないけど、本当のお婆ちゃんと同じ存在
私の祖母が亡くなった頃からアルツハイマーを患っておりましたがひ孫の面倒を楽しんでいました
道路挟んで1分もかからないのに私が、酸素生活になってから、感染しやすいこともあり会わずに2年
最後の日には、意識耄碌としてたけど呼びかけには反応してくれた
私は、式に参加するつもりでいたら、母が
「あんたは、行かなくて良い。家でお別れすれば良い。着るのもないし、疲れるだろう。」
確かに、母の言う通り疲れる。正座は出来ない。着る服もない
ケド・・・無理してでもきちんとお別れしたい。無言で母の言うのを聞いてると
「酸素の音も人目があるんだから」・・・・・
ようは、それね。嫌なのね酸素してる娘をさらしたくないんだ
姉もどちらかと言えばそのタイプだな
「酸素してるのがそんなに悪い事?恥ずかしいの?だってこれが私なんだから変えられないでしょ」
ブチ切れ。違うと言うけど何度聞かされた。そのセリフ。
幼馴染もうちらが居るんだから行こうと言ってくれて出席できる方向に
疲れるんだからと言っておきながら、火葬と葬式に持って行く料理を作らさせられたり(田舎なんで重箱で持ち寄りあり)・・・・・言ってる事とやらせてる事が違うし
20代で買ったスーツも靴も何でこんな大きいサイズ買ったんだ?と言うくらいブカブカでしたが何とか誤魔化し出席しお別れする事が出来ました
酸素の子器は、常流タイプでは無いので音に気になったので動く時のみ使用。後は止めていました
(吸わなくても良い状態まで回復してるけど将来酸素量を増やさない為の処置状態)
久しぶりに揃った6人で葬儀の会食後に写真撮影。
お互いの子供達だけ7人で撮影(中3、中2、中1、小6、小2、4歳、2歳)の段階で混じってても分からない背丈だからと並んでたら
「おばちゃーん」と総攻撃(笑)
私が子供が産める様な体だったらココに居たのかなとしみじみ(健康でも結婚して無い可能性大だけど)
「後でLINEで送るね~」「ガラケーLINEな~い」と言ったら東京の僕くんに笑われましたケド
喪の場で騒ぐのは不謹慎かも知れないけど人とお話する事が大好きなお婆ちゃんだったので一緒に
混じって笑っていてくれたハズ
私が、今回どうしても出席しようとした理由はもう1つ
次誰かがその状態になった時私が今の状態で出席出来る可能性が低いから
家族なら、車椅子でも、酸素でも入院や寝た切り状態で無い限り出席する
ただ、他の方だと迷惑をかけてしまうと思うから無理は出来ない
きちんと出席出来るのがこれが、最後かもと思ったから
それで体調悪くなっても後悔しないって・・・・
案の定14日に胃痛で15日の病院の時は回復してたので伝えなかったら、16日の午後から胃痛再発
17日には微熱まで。1日で下がったけど胃の不調続く
本当は、薬全部放棄したい気分。絶対薬でやられてる確率大。(湿疹のストレスや子守疲れも重なったけど)
やっぱり、体力なさ過ぎだわ
取敢えず5月の法要(お知らせ頂いたので)まで体力温存だ
フォーマル服調べたら、お子様サイズのにしか出て来ない(背丈はOKでも横幅や胸があり過ぎるのよね)
靴だけはなんとかしたい(親と要相談だな)
そして今度は、何を作ったら良いのか悩むところ
火葬は
蕨・切り干し大根の酢の物・漬物・がんづき
葬儀は
生春巻き・煮つけ(油げの中に豆腐・わらび・人参)・漬物・ガトーショコラ
レパートリーが少ないから迷う
煮物(筑前煮みたいな)だと被る可能性あるから作れないし
御膳もあるから、その事も考えないと・・(-ω-;)ウーン