元彼の依存症がわかった時、すぐに離れればいいのになぜ留まったのか。その答えは自分の中にありました。

 

上手く説明できないのですが、何かがしっくりきたんです。ショックはショックだったんですが、受け入れられる範囲でした。普通の健康的な心を持っている人だったら、ヤバい人だなとすぐに離れて行ったでしょう。

 

治療につなげるまでの葛藤や少しずつ回復していくプロセスも私が介入して頑張る事が自然なことのように思えました。

悩んで苦しんだことも含めて、自分の中の何かが癒されていくような不思議な感覚がありました。

 

彼の問題は私の問題だったんだと思います。

 

人は他人の中に問題を見つける時、大抵はその人自身にその問題があると言います。自分の中にあるからこそ他人のその問題が浮かび上がって見える。

 

自分の中に怒りを持っている人は怒っている人、イライラしている人を見つけて何でそんなに怒っているの?と思う。

 

自分の中に意地悪な部分がある人は、あの人意地悪だなぁと他人を見て思う。

 

自分の中に喜びがある人は楽しそうな人を見つけて幸せそうだなと思う。

 

欠点も長所も他人を通して気付くことがあります。心理学で何というのか詳しく知りませんが、実感としてそう思ういます。意地悪な心がない人は意地悪な人を見つけることはありません。同じ物事を見ていても視点が全然違っていて、自分の中にあるものでそれは変わるんだと思います。

 

彼を見つけたのは私の中に同じような問題があったからだと思います。そしてそれを治すことは自分の問題を解決することだったのです。

 

彼の依存症になった原因は詳しく知りません。でも父親との関係に問題があったようです。仲は良かったらしいですがとても変わった人だったそうで、無視されて傷ついたとか、お父さんは誰からも距離を置かれるような人だったとか、難しい人で話がつまらなかったとか、キャンプもBBQも禁止されていたとか、所々でそんな話をしていました。決して悪口というわけではなく、ただ淡々とそういう話を聞かせてくれました。

 

私も母親や家族との関係に問題があり、摂食障害になったりタバコ依存になったり心に葛藤を抱えて生きてきました。もう治まったと思っていましたが、その癒しのために彼が現れたのだと思います。というより、彼が近くに来た時問題がない人ならきっと近づかないけど、私は近づいて行ったのです。

 

彼が治療につながってすぐに、私は家族と20年ぶりに仲良く過ごす事が出来ました。それまでの葛藤や心のこわばりが溶けていくような体験をしました。それが私の癒しだったのだと思います。

 

彼を癒したことで自分自身が癒されたのです。

 

彼はまだ治療が始まったばかりです。後退することもあるかもしれません。私の癒しも始まったばかりです。もう少しこのプロセスは続いていくと思いますが、彼を選んだ理由がわかりました。

 

人は必要な時に必要な人に出会うようにできてるんですね。