予定日の7/29から8日過ぎた8/6。
まだ産まれないということで、助産院に13:30からの妊婦健診の予約をしていました。
予定日を過ぎてからは毎度両親の車で送り迎えをしてもらっていましたが、この日も同じように午前中から実家にいて、午後助産院に向かって出発する予定でした。
実家でゆっくり過ごしていると、たまーにくる生理痛のような痛みを感じ始めました。あ、陣痛かな?と思いつつ、まだ様子をみていました。
助産院に連絡してみると、ゆっくりお風呂入ったり、お昼ご飯たべておいで、と言われたので、湯船につかり、昨日の残りのカレーを食べて、助産院に向かいました🍛
車の中で2回ほど、陣痛らしきものが来て、2分弱で引いていく、という感じでした。
助産院に着いて診察が始まったのが13:30。
まだ子宮口がクローズだねぇ、なんて言われながら、内診してもらっていると陣痛がどんどん来るようになってきて、モニターつけながら(赤ちゃんの心音とお腹の張りを計測する機械)、いろんな大勢で赤ちゃんの心音を聞いていました。
すると、私が1番楽だと思える仰向けの姿勢の時に、赤ちゃんがちょっと苦しそうということを言われました。心音が下がるみたいでした。
でも、まだ子宮口はまったく開いていない。
ということは、予定日も超過しているし、赤ちゃんが頑張れないかもしれないということで、助産院ではなく、病院に行きましょうと言われました。助産院で産めないことが悲しかったけど、命には変えられないので、すぐ了解しました。
旦那さんにすぐ来てもらってとのことで、連絡したのですが、30分ぐらいかかるとのこと。田中先生が、それなら救急車で行きましょうと言い、生まれて初めて救急車に乗りました🚑
一人で寂しいなと思っていたところ、田中先生も一緒に救急車に乗ってくれて、ずっと手をさすってくれて、ずっと大丈夫だからねと言ってくれていて、本当に泣きそうでした。
そして病院につき、産科の診察室に運ばれ、もしかしたら帝王切開になるかもしれないからと、手術の同意などの説明を受けました。陣痛も来てる中ちゃんと話を聞くのはなかなか辛かった。
それでも田中先生は私の精神面を1番気にしてくれていて、話しかけられるタイミングを見計らってずっと話しかけて勇気づけてくれました。主人も到着しましたが、説明を聞いたり受付をしたりで私と話す時間がなかったので、田中先生の存在が有難い限りでした。
病院に到着してやっと時計を見たのが16:00ごろ。それから陣痛に耐えつつ、内診されたり、しばらく放置されたり(笑)が続きました。
陣痛室に移動になりましたが、血液検査やレントゲン、いろんな検査をしたりして、その後はどうなるかもわからない長い放置が続いたりして、一人で陣痛と闘っていました。
携帯電話が鳴っている気もしたけど、取れるわけもなく、何もできず、ただひたすら耐えました。
食事も出てきたけど、陣痛のおかけで吐き気があり、ぜんぶ一口も食べれずじまいでした。
その間、何回か嘔吐を繰り返しました🤮
1回目の嘔吐は黄色。
2回目、3回目は胃に何も入ってないからか、なぜか青汁の色でした笑
ちなみに量は洗面器1杯分ぐらい!かなりの量!
何も食べてないのにこんなに液体が出るの?っていうぐらいおどろきました。
(汚くてすみません)
でも吐きたくても吐けないのが出産まで何十回も続き、これがまたキツかった😭
陣痛が強くなると、もうどんな大勢でも、何をしてもダメなので、ひたすらベッドの鉄パイプ(手すり)を握りしめながら、壊れるんじゃないかと思いながら、声にもならない声を出しながら、耐えました。あまりにも痛いので、痛みを分散させようとしたのか、自分の手を爪でひっかいていました。まだ傷があるくらい、強くたくさんひっかいていました笑 もちろん気休めにしかならなかったけど。。
また、病院に来てから、自力でオシッコを出すことが出来ませんでした。でも点滴をしてるから、オシッコを出さないといけないということで、毎回おしっこを膀胱から取り出されていました。その時の管の出し入れがまた痛い>_<
寝返りさえ打つことも信じららないぐらい痛いのに、歩いて診察室まで行きましょうなど言われたりして、必死に歩いて行ったりしました。ちょっと体を動かすだけでも激しい痛みが襲ってくるのに、もう死にそうでした。そのまま内診が始まるともうどうにでもなれ、という気持ちにさえなりました笑
そんなこんなで8/6という長〜い1日が終わっていくのですが、夜ももちろん眠れるわけがなく5分おきぐらいにくる陣痛と戦いながら、その合間の5分で少しウトウトする、という繰り返しで翌日の朝を迎えました。
8/7になり、まだ痛みも少しずつ強くなっていたけど、子宮口はまだ2センチぐらいしか開いていないと言われ、本当に愕然としました。
朝ご飯も昼ごはんも運ばれては来るけど気持ち悪くて全く食べれず。看護師さんがたまーに来るまではずっと孤独に耐える時間。もう痛みも眠気も限界だったので、「今日、帝王切開するか自然お産か決まりますか?」と聞いたら、「明日ですね」とサラッと言われ、また大きく愕然としました。
明日までこの状態が続くのか、と思うと本当に心が折れそうでした。
激しい陣痛が来るたびに、頭の中で楽しいことを考えてみたり、目を閉じずに周りを見て意識を外にむけてみたり、頭の中で歌を歌ってみたり、色々試してみました。目を閉じて痛みに耐えるよりは、何か別のものを見ていた方がまだ少しマシだった気もします。気が少し紛れたのかな。
そして8/7も夜になり、なぜか夜中の陣痛が1番キツく、死にそうになりながらまた一晩耐えました。やっぱり潮の満ち引きの関係でしょうか、痛みはだいたい夜中が強かったです🌕
なんとかまた、辛い夜間を乗り切り、朝になりましたが、まだ看護師さんや先生は、待ちの状態で私の子宮口が開くまで待つという感じでした。もう本当に無理だと言っても、帝王切開は最終手段でしか出来ないと言われ、なるべく自然分娩に向かわせるとのことでした。泣きそう。
そして、8/8のお昼ごろにやっと子宮口が3センチ開いてきたとのこと。それでもまだ3センチ!?
もう赤ちゃんもキツいだろうとのことで、陣痛促進剤を打つことに。同意書に署名して、分娩室に入ってから、点滴で投与。ありえないほどの激痛に襲われました。もう腰が折れて砕ける感じ。
看護師さんも何人も交代で来たりしていましたが、優しい言葉やさすってくれたりしない淡々とした人もいたり、とても丁寧で優しくて腰をずっとさすってくれる人もいたりで、様々でした。
陣痛中に私が力が入ってしまうと、赤ちゃんの心音が下がり苦しくなるようで、ゆっくりの呼吸への意識だけに集中してひたすら耐えました。ここまで来たら絶対に生きて産むからね、と赤ちゃんに伝えていました。
しかし、途中で、赤ちゃんがいよいよヤバそうということで、急遽、帝王切開に切り替わりました。内心、ホッとしたのも束の間。
手術に切り替わった途端、たくさんの看護師さん、お医者さんが続々きて、手術の準備を始めました。なので私の体はさせるがまま、丁寧に扱われるとは逆に、時間重視のような感じで、割と雑に運ばれたりするので、もうどこが痛いのか分からず、ただひたすら呼吸に集中するようにしました。
手術台にあげられ、ほかの医者から「なんでこんなギリギリに」という声も聞こえて不安にもなりながら、「あと少しですからね!」という声とともに意識がなくなっていきました。
そして、、、
目覚めたら手術室から運ばれている途中でした。
その途中で主人がちらっと見えました。涙が出てきた。けど、涙が出ることで体に痛みを覚えたので我慢しました。その後、時間的に面会ができなくなったのか、主人が部屋に来ることもなく、一人でまた病室にいたようです。
切ったお腹の傷やら、腰痛やらでどこが痛いかよく分からない状態だったけど、赤ちゃんが無事に出てきて、今はNICUにいるということで、なんとか、やっと、本当に一安心。
もうあの痛みに耐えなくていいんだ、とか、赤ちゃんが生きててくれたんだ、とかやっと、安心できました。
産まれた赤ちゃんは、3585gの55.5㎝のようでした。大きさもですが、身長が高いみたいです。
真っ白くてかわいいよ、と女医さんが言ってくれたのが嬉しかったです😭
そして私はまだ赤ちゃんには会えないまま、眠りにつきました。ようやく、ゆっくり寝れると思いました。
そうして、私の陣痛開始から48時間の出産が終わりました。自分は安産だと思い込んでいただけに、長過ぎて辛過ぎて、想像を遥かに超えるものだったけど、終わってみて、頑張ったなと思えます。誇りに思えます。
赤ちゃんとの対面はまた次回。
