「17歳の肖像」
1961年、ロンドン。
16歳のジェニー(キャリー・マリガン)はオックスフォードの大学を目指す優等生。
しかし、ある雨の日に通りがかった、2倍も歳の離れた魅力的な大人の男性と恋に落ち、
彼女は大人の刺激的な世界を体験していく――。
第82回アカデミー賞3部門ノミネート作品。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
若い頃に恋した年上の男性というのは、女の子にとってとてつもない影響を与える。
女の子は早熟なので、10代のときに同年代の男の子の言動行動にゲンナリして
年上男性のもとに走ってしまうケースはめちゃ多い。
私も塾の先生に夢中でしたな。
主人公演じるキャリー・マリガンは演じた当初、23,4歳?だったわけだが
その微妙な年齢もうまく働いてか、ものすごく幼くはしゃいだかと思えば、いきなり大人びた表情をみせたり
とても魅力的。
若い女の子はいつもとびきり元気で悩みといえば恋だ進学だって大人の偏った見方とは裏腹に、
目の下にクマをこしらえ、まだ狭い世界を自覚しながらもきゃっきゃするしかない時があるんです。
18歳になれば受容できることも、17歳だから反発したりしちゃうんです。
自分が進んでいくだろう方向も、やるべきことも本当はわかっているけど、一度は逃げたり投げ出したり。
そんなふうに心が複雑に枝わかれして方々に向かっているときに影響を与えられたら・・・・。
しかもそれが恋愛~結婚という大事件!
ティーン男子がおしゃれに勉強にスポーツに熱血しているころ、年上男性から溢れる余裕やテクニックには参っちゃうよねー。お金も!
1960年代のイギリスは、それまでの豊かさや保障が嘘のように、
国際競争から出遅れ、国民の所得も減少していく暗い時代のはじまりだったから、
主人公ジェニーの両親もジェニーも、より盲目になってしまったのかもしれない。
ジェニー、たぶん30になっても40になってもちょっと思い出してビターな気持ちになるよ~・・・と心配。
それでも希望を繋げたのは、主人公が17歳だったからか?
というと、そうではないと私は思っている。
あの頃の恋愛を思い出してみると、やっぱりどこかで「そうではないもの」を見ていた気がするから。
立ち直るのではなく、受け入れることによって打開していったんだろうな。
きっとあそこでつまづいた子は、いつまでたってもつまづいたまま。
個人的に注目してたのは、父親役のアルフレッド・モリーナ。
「ショコラ」「ダヴィンチコード」なんかで忘れられないんだけど、今回のも良かったです。
やなヤツ!でもなんかワケがあるんだろうな!って感じが。
あともう1人。恋した年上男性の友人へレン役のロザムンド・パイク。
いかにも「頭の弱いブロンド娘」を絵に描いたような女子役が見事。
(でもアメリカ映画みたいに決して嫌なやつじゃなく、気のいいお姉さん)
うわ、この感じ・・・演技がうまいかマジで頭ヨワイのか否か!
さっそく調査⇒Oxford大卒、フランス語ドイツ語を流暢に話し・・・云々(wikiより)
前者でしたっつーか、才女でした。
「レイチェルの結婚」
薬物依存によって施設の入退院を繰り返すキム(アン・ハサウェイ)。
姉・レイチェル(ローズマリー・デウィット)の結婚式に出席するため帰郷するのだが・・・。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
作品のほとんどを役者のアドリブで通したというこの作品。
俳優たちに演じる人物の心情が憑依するくらいでないと、まかりとおらないだろう。
スクリプトに縛られないからこそのリアリティと緊張感。
そうか、この張り詰めた空気。
家族であっても相互理解なんて困難だ、赦しと解放なんてきれいごとだ!というそれぞれの想いが
結婚式で沸く混沌とした空間にポカリポカリと浮いてくるのだ。
キムのおこした過去の事件から、まだ誰もが完全に立ち直れていないのに、
それぞれがすごく微妙な均衡を保ちながら、崩壊も再生も見えない。
キムの存在を誰もが気にかけながら、同時に誰もが疎んじていることを理解しているキム。
ひとりひとりの立場で、ひとりひとりにしかわからない葛藤と支え。
家族って思えば不思議なものだな。
不完全な者同士が結婚し、不完全な者を生み育む。
練習もなく、即座に実地なのだから。
人間が過去を経た現在を生きている限り、完全な形での再出発などないことが
一番のリアリティだと思った。
しかし、あのカメラワークは合わなかったです。体質的に(胸ヤケ)。
リアリティを出すために、とか言うんでしょう。
家庭用カメラかなんかで撮影したらしいけど、それは別にいい。
手ブレ補正使わんかい!けっこうしっかりしてるぞ昨今の家庭用!
eatrip 春のお寺上映会
食べることは生きること。
人生とは、食べる旅。
「eatrip 」 春の上映会@池上本門寺 に行ってきました。
映画本編にも同寺の住職が出演されていて、そのご縁もあって今回の上映会に至ったようです。
羊毛とおはなのLive、「eatrip」上映、池上本門寺住職の酒井日慈さんと野村友里監督のお話、
濃密、透明?自分の気持ちの充実度をうまく表現できません。
心の琴線に触れすぎて、ぼろんぼろん鳴ってました。
まず、羊毛とおはなのLIVE。
1曲目の「キーラの森」からラストの「晴れのち晴れ」まで、私も夫も飲み込まれっぱなし。
たとえば、明日の雨のせいもあってか、今晩は朧月が際立ってましたが、
それでもめいめいとした月夜よりうっとりしてしまうような何か。
大音量も、演出も、とても質素な中で千葉はなさんと羊毛さんの放つ音楽は
ふんわり丸く、幾重にも包んでくれるようでした。
ちびっと泣きそうでした。
こないだ「フィリップ、君を愛してる!」のときの予告で観た「さんかく」という映画の主題歌、
新曲の「空が白くてさ」も歌ってくれました。
羊毛とおはなはヴィレッジヴァンガードで知って以来、念願のライブ。
持ってないアルバムも買って、GWは聴きながらドライブしよう!と夫。
地味かもしれないけど、そういう時間わたしも好き。
次に、今回のメインである「eatrip」が上映されました。
観終わったらお腹がすく、みたいにどこかで感想を読んだのですが、
私も夫も観終ったら胸いっぱいになってしまい、しばらくお腹もいっぱいでした。
冒頭で鶏がしめられるのですが(もちろん映像はありません)、
そういう当たり前のことを、スーパーにならんだパックを見ていると忘れているんです、私は。
以前テレビで、ある農業高校の実習の様子が流れていました。
ひよこから育てた鶏を自分達の手でしめる実習です。
どうしてもできないと涙する生徒、退学まで考える生徒。
最後の最後まで鶏たちは生きようとしもがき続け、その姿を見てその身体にとどめを刺すこと。
食べることは、命を頂いていることなんだと、痛切に感じたこと。
それを、やはり毎日の暮らしの中で忘れていくんですね。
野菜も、お魚もお肉も、水も溢れているものではなくて、いただくもの。
「いただきます」「ごちそうさまでした」。
そしてその間にあるお話や音楽を大切にしようと思いました。
ラストに内田也哉子さんの詩の朗読があるんですが、
彼女の声も詩も素敵で涙が出そうでした。
映画上映後、住職の酒井日慈さんが来られ、野村友里監督とかみ合わない(笑)トークを繰り広げ、
御年90歳と聞いてただただ脱帽。
ウィットに富んだ話、張りのあるお顔と声。
生き生きと、生きると何度もおっしゃっていたけれど、ご本人がまるまる体現している!
個人的には野村友里さんにお会いできたのも嬉しかった!
お寺に到着したのが早かったので、じっくり参拝と散策ができたのですが、
とても開かれているお寺だと思いました。
本殿の淡い緑の屋根が青空に映えて、なんてきれいな春の日。
帰りは玉川高島屋に寄って、イングリッシュローズやデイジーなどを買い、
ご飯をおいしく頂いて帰宅しました。
あー幸せ。

、movie
、interior
...&more...







