ここ数ヶ月いや数年は衝撃的なことが多いのだが最近衝撃だったことについて書く。

先日とある就職試験を受けてきた。
内容は筆記、面接、適性検査、作文だ。
筆記、面接、作文は余裕だった。
というのも高1レベルの問題でかつ落とす試験ではないからだ。
こういったテストを受けているという26歳の自分を学生時代には想像できなかったと思う。

試験の準備をなにかしたかと言われれば特になにもしなかった。
入社することが難しいとされる社会の仕組みの中で容易に試験をパスできる就職先というのはたかが知れている。
舐めてると思う方もいるはずだがネガティブな発想の今日この頃。

しかしそこで大きな衝撃があった。

それは色覚検査。

自分は生まれつき色弱であるのは以前の警備会社の試験で既に認知していた。
しかし自分の志望していた先では重要な事柄であったようだ。
色覚検査では経験された方もいると思うがカラフルなドットが散りばめられている絵に普通であれば数字やら文字が浮き出ているように見えてくるのだが自分には全く見えない。
他にも追加でグラデーションの順番通りに並べるものもさせられた。
1〜15番の番号が裏に貼られた色のついた石をグラデーション順に並べ裏に返すと1〜15の順番になるのだが自分がやったところ1の次が15番でその次が3だったりとめちゃくちゃだった。
色覚試験では1人が30秒もかからず終わるところ、自分は10分以上かかりなんとも言えない気持ちになった。
ただその時はまだ前のこともあったので楽観視していた。
試験が一通り終わり試験官が
「それでは枚数の確認も終わりましたので本日の試験は以上で終了となります。最後に、今から呼ばれる方は少々お話がございますので待機してください」
と前置きし受験番号を言った。
まさか色覚で呼ばれることないろーなんて思っていたらそのまさかだった。
そこで言われたのは
強度の色覚異常という結果であるので再検査をします。
という内容だった。

そして昨日再検査をしてきたのだがそれは色彩検査といって自動車免許の時にする赤、黄、青の識別検査をしてなんとか合格したみたいだ。
アレも自分は正直なところ自信はない。
赤と黄色が液晶というか電気で映されている場合はじっくりみないと違いがわからない。
実際の信号は青で他の認識をする又は、その位置によって認識している。
奥さんに以前真っ赤な野菜が沢山ある写真とその写真の野菜を全て茶色にした写真を試しで見せられたことがあったがその時も全く同じに見えた。
思い出せば子供の時も太陽の絵を描いていて自分だけ茶色の太陽だったりあげれば何個も出てくる。

昨日お世話になった試験官の方が言うには実は色覚異常の診断結果が出た場合以前はそこで落としていたらしい。
そしてその制度が変わったのが去年の11月から。なんと2ヶ月前の話だった。
そもそも自分が受けることができた試験も年齢要件が33歳まで昨年に引き上げられたばかりだった。
運がいいのか悪いのか。

実際受かったとしても仕事の幅は狭くなると告げられた。
思い描いていたようにはどうやらならないらしい。
ただ、話を聞くと裏方に回る方が生活をするという面ではなかなか魅力的な要素があった。
他とは違い既婚者スタートであるという点と年齢もそこそこ高い点、そしてまだ子供がおらずこれからの予定であるという状況からすれば裏方であっても差し支えはなさそうだ。
無事受かっていればいいなと思う。

その反面自分は仕事とはなんぞと感じることが最近よくある。
帰省した際に職業感が薄いと親父に言われた。
まぁそうだなと素直に思った。
帰省すると友人らと飲みに行くのは恒例。
ただ歳を重ねるにつれバカ話から徐々に仕事の話題が必然的に多くなる。
仕事を楽しいと言うやつはさすがにいないが充実してそうなやつは何人かいた。
とある区の選挙管理担当をしているやつだったり市の基幹産業に従事していて色々なイベントやらを企画する部署にいるやつだったりの話を聞いているとこれがまさに仕事だよなと思う反面自分はやりたいかと言われればそうでもない気がした。

今までなにか強くこの仕事につきたいと思ったことがあっただろうか。
こうありたい自分というのはある。
それは自分の子供に尊敬してもらえるような大人になること。
そして人生の目標として家族をつくること。

自分にとっては職業は目標ではなく目標を成す為のもので大義名分があり居心地がよければそれでいいのかもしれない。
見栄っ張りな性格も相まって大きな事に携わっていれば自尊心が保たれるそんな風な考え方が昔からある。
それは子供にとっても親や友人らにとっても良い風に映るのではないかと。
周囲を気にしがちな性格は元来あってそれが嫌で嫌でたまらなかった。
普通の高校に入り普通の大学に入り普通の人生を送ることがよしとされる風潮に流され俺はどこに向かって行くんだと気づいた時が大学2年の頃だ。
結果中退という道を選んだがそれが正解であったかどうかは定かではない。
周りには誰一人として中退したやつはいなかった。
なにか踏み外した感覚があったのは確かであったがそもそも歩いていたところが正解だったのかというと今考えてもそうでもない気がする。
自分のはっきりとした意志で決断したのはこれが初めてだった。

「なんとかなるさ」できたここまでだったが遂になんとかならない状況になってきた。
精神的にも新しいことにトライするのはパワーを使うことにも気づいた。
実際前の職場では今までのようにがむしゃらに働いたおかげでそれだけではないのだが結果潰れた。
初めてのことで戸惑った。

帰省中に死のうと思ったけどできなかったから仕事辞めたという友人とも話した。
全く他人事とは思えなかった。
逃げて逃げて逃げまくる。
それでいいのではないかとふと思う。

仕事とはなんなのか結局まだわからない。
ただ、間違いないのは働かなければ生きてはいけないということだ。
そんなの知ってると学生時代の自分でも思うだろうがみんな知っているということでも実際に体験して初めて本当の意味が分かることがある。
叔父にも小学生の頃に急に「霞を食って生きるわけにもいかないんだぞ」と言われたことがあった。
あの時のあれはそうゆうことかと今気づく。
働かなければ死ぬ。
その事実に直面することができるのは学生時代には難しいと思う。
無理矢理押しつけられるその危機感をあの時叔父は自分に感じさせるチャンスをくれたのだと今感じることができる。
これも成長のひとつなのかもしれない。

だいぶ脱線してしまった。

今回は色覚検査で感じたこと。
仕事とはなんなのか
結局分からないが答えでした。

どこに向かってどうなるのか
先日靖国神社へお参りしてきたのでなんとかなるだろう。