前回、子が親の面倒を見るのは「愛情貯金」の残高と書いたけれど、改めて考えてみると、「愛情貯金」とは、「親がどれだけ愛情を注いだか」とか「親が子どもに何をしてあげたか」が問題ではなく、「子どもの心に、どんな時間を残せたか」なのだと思う。
私と弟は、同じ両親に育てられた。
私は18歳で親元を離れ、海外で暮らしていた6年間の中、丸3年間、一度も帰国せず両親と会わなかった時期もある。
一方、弟は今も両親と暮らしている。
経済的な支援という意味では、私より弟のほうが、はるかに多く親から支えてもらっている。
それでも、弟が両親に対して抱いている感情は、私とはまったく違う。
改めて弟と話すたびに、同じ親に育てられ、同じ家庭で過ごしていても、親に対する心の中の景色は、一人ひとり違うのだと実感する。
私は、両親にとても感謝している。弟も感謝はしているのかも知れないけれど、私とは全く違う。
改めて今になって思うのは、私は両親から「してもらったこと」だけを覚えているのではなく、両親と過ごした時間そのものへの思いを、少しずつ積み重ねてきたのだということだ。
私は、両親とよく話をする。
父は、戦争で父親を亡くした。
自分が父親との思い出を持てなかったからこそ、我が子には父親との思い出をたくさん作ってあげたいと、よく話していた。
私たちが小さかった頃、父はいつも子どもたちを遊びに連れて行ってくれた。
もちろん、感情的に怒られたこともある。
それでも、不思議なことに、今振り返ると、怒られた記憶よりも、その何倍も多くの「楽しかった」が残っている。
母に怒られた記憶は、ほとんどない。
両親の夫婦喧嘩を見た記憶もない。
両親の恋愛話も、よく聞いた。
父が母に一目惚れをしたこと。
母は父を良く褒めていた。
中卒でトラック運転手だったけれど、真面目に一生懸命働き、子どもたちや母の両親も大切にしていた父のことを認めていた。
母は、放任主義というか、よく言えばおおらかで、悪く言えば大雑把で、「子どもの主体性」に任せ、勉強しなさいとか、こういう人になりなさいとか、ほとんど言わなかった。私の人生の選択は、自分でして来た。
母に言わせると、「言わなくてもしっかりしていた」らしいけれど🤭
でも、自分が大人になり、親になり、いろいろな家庭を知るようになった今になって思う。
あれは、両親の夫婦喧嘩を見たことなく両親が仲が良い事は決して当たり前のことではなかった。
母は、子どもたちの前で夫婦喧嘩をしないようにしてくれていたのだと、後になって知った。
大人になった今だからこそ、子どもの頃には見えていなかった親の思いが、少しずつ見えるようになってきた。
だから、「愛情貯金」というのは、親がどれだけ入れたかではないのかもしれない。
子どもの心に、何が残ったのか。
どんな時間を過ごしたのか。
どんな景色を見せてもらったのか。
どんなふうに笑ったのか。
そして、どんなときに「自分は愛されている」と感じたのか。
そういうものが、長い年月をかけて、心の中に積もっていくのではないだろうか。
親が「これだけしてあげた」と思うことと、子どもの心に残っているものは、必ずしも同じではない。
愛情は、与えた側の記録ではなく、受け取った側の記憶だと思う。
そして、愛情貯金の残高は、きっと親自身には見えない。
子どもが大人になり、親が年を重ねたとき。
そのときになって初めて、
「ああ、自分の中には、こんなに残っていたんだ」
と気づくのだろうと思う。
私自身、両親と過ごしたたくさんの時間や私への想いや孫への想いが、ちゃんと残っている。
だから、遠く離れて暮らした年月があっても、会えなかった時間があっても、両親への感謝は消えなかったのだと思う。
愛情貯金って、
「親が子どもに何をしてあげたか」ではなく、
「子どもの心に、どんな時間を残せたか」なのだと思う。
ブログです。
という状況です。浪人した理由は「