元魚屋従業員の徒然日記 -28ページ目

元魚屋従業員の徒然日記

母の闘病記録とどうでもいい日々の雑記

ふざけたブログタイトルにある通り、

以前私は地元スーパー内の魚屋従業員でしたうお座

 

私史上、そこそこ長く勤めた職場でしたが、

激務だったり、激務だったり、夏でも寒かったり…、あ、激務だったりと、

理由は割愛しますが、退職願いを出した矢先に母の肺癌が分かりましたバイキンくん

 

今思うと、

「パートなんかしてる場合じゃないぞ、おまえ!長い反抗期だっただろ!

今からでも親孝行しろ~!!」という何かのお告げだったのかもしれません。

 

お告げというか、、、不思議な縁にまつわる出来事もあって

それは、私が鮮魚店へ勤め始めだした新人時代🔰の話になります。

 

 

そこには先輩スタッフの1人に、

○田さんという顔や体系、姿かたち母そっくりなおばあちゃんがいたんです!

 

仕事上、マスクと帽子着用なのですが

その隙間から見える痩せこけた皮膚の感じや色も、まさに母そのものでした。

 

その頃から何気に母を思い出す事が増え、

〇田さんが時折母と重なって見える時がありました。

 

ただ 〇田さんは、とにかく声が小さく、しゃがれていて、

熱心に仕事を教えてくれるんだけど、何を言っているのか分からないほどあせる

 

そして、ガラガラ咳をしてて苦しそうな時がありました。

 

まぁ、お年寄りだから仕方ないか~、くらいに思っていたんですが

その後、インフルエンザが流行りだす季節になり体調を崩すスタッフもチラホラ。

 

その頃から〇田さんも、会う度に段々と変な咳をするようになったんですゲホゲホ

 

ついには欠勤が続き、風邪から肺炎になったそうで

手術をするらしく、しばらくお休みが続きました。

 

その後、(多分、お店側から連絡したんじゃないかな?)現在は退院して、

リハビリに通院中との事で「皆さんによろしく」との伝言があったそうです。

 

しかしそれ以来、〇田さんからの連絡は途絶え、電話も通じなくなったそうです。

 

店長も、〇田さんの復帰を見込んで人員も増やさずにシフトも空けてましたが

これ以上放ってはおけなかったようで、同居する弟さんに連絡をとりました携帯

 

そこで思いもよらなかった事実を聞かされました。

 

すでに 〇田さんはお亡くなりになっていたそうです。

 

しかも、職場にも周りにも言ってなかったことですが、

元々、肺癌を患っていたそうです

 

母にも、この一部始終を話していたので

「お母さんも健康にはホント気を付けてよ~!」と忠告はしていたものの

まさか、母も同じ病魔バイキンくんに侵されていたとは、その時はまだ

(母自身)も微塵も思ってませんでした。

 

結局、〇田さんとは

出会ってから3か月ちょっとで突然のお別れとなってしまいました。

 

 

新人の頃は、仕事を覚える事が精一杯で、気持ちの余裕なんてなかったけど

もっと、色々話したかったな。。。

 

〇田さんが生きていたら今頃、きっと良い魚友になっていたと思いますね流れ星