障がい のある方とのコミュニケーションが..
・。・゜゜・。
私にとって文とは
時に、オンガク以上に必要で、
まるで曲創る時の様に
なにかに掻き立てられて
書き始めます。まるでコトバが
降りてくるようにして..
書かされているような、
KANKAKUでもあります。
・。・゜゜・。
私の同級生のご実家もあるバショで
凄惨な事件が起きていました。。
車イスの方が、報道で
『私たちは、胸を張って生きているんです』
と、ナミダながらに語っていた
その言葉が頭から離れません。。
全国手をつなぐ育成会連合会
が出された緊急声明の中の
”堂々と生きて” というコトバ
に胸打たれました・。・。❁
(私事ではありますが..)
うちのお教室のことを話し進めてみます。
2009年に全盲の生徒さんで始まり、
現在(いま)もカラダに重度の障がいの
ある生徒さんがいらっしゃいます。
アニソンを中心とした
癒しのオンガク学校として、
軽度ですがメンタルケアが必要な方や
吃音の子や摂食障害のある
生徒さんがレッスンへいらっしゃったりします。
彼女たちは、『居なくなればいい』と言い放った
彼のコトバとこの事件に
今は先ず、わたしはそっと注視して、
・。・゜゜・。
幼い時期へ
さかのぼってみますと..
小学校の時も、中学校の時も
すこし生涯のある子がそばにいて、
『ミッチャンのそばにいると癒されるから』
と、先生からその子たちを頼まれたのよ、
と母が言っていたのを思い出しました。。
その後、遅かりしも22歳から
オンガク活動を始め、
バンドメンバーには、片耳の聞こえない
ギタリストさんや、指を失ってしまった
パーカッショニストさんが居て..
ふるさと島根のミュージシャンを
集めて、400人ほどの野外フェスの時、
やはり、障がいのある市の職員の
男の子がご厚意で 手伝ってくれて。
(今では少し大きくなりすぎてしまったけれど)
細々と開いたお教室を開いた最初の
レッスン生は、全盲の40歳の方でした。
他、6年も通ってくれている
カラダや脳に大き目な障がいを
もっている生徒さんがいらっしゃいます。
もしかすると、そういった☆彡の元に
生まれているような気がして生きてきたので
この事件には心が揺れ動きました。
そして、生徒さん達をまもらなきゃ、
って気持ちが一層わいてきました。
・。・゜話は少し逸れますが゜・。
護りたい
という
絶対に良き物件と
ご縁できるって
「感じた」んです。
・。・゜゜・。
ここでちょっとブレイクタイム★
生徒さん達がもってきてくれた差し入れちゃんたち
膨らむと綺麗だよ♪と子供の生徒さんが
癒しの為にもってきてくれたジェルビーズ♪
こどもの生徒ちゃんがつくってくれた
名前のプラカード♪
L.A、Dallasから帰国して会いに来てくれた生徒さん。
レッスンしていた時に歌をきかせていた
赤ちゃんも無事生まれてきました♪
おまけ⭐︎生徒さんやスタッフトレーナーさんたちが…
カラダに障がいをもっている方も、
(最近ではコミュ障というそうなんですけど)
そばで接していると、、
とても素直な純真な心を
心の奥、直観、
ココロの目で見つめれば
色んなことが見えて
見方が変わって来たり、
ココロが変わってきて
環境が変化していったり
することがたくさん ありますネ
これからの
今夜は
・゜゜・。最後になりますが・゜゜・*
大変な介護などの現場で
実際に業務をなさって様々な感情を
感じている 皆様のご苦労には
及ばず、私なりの拙い想いを言葉で
書かせていただきましたこと
お許しください。・。・゜
愛と感謝をこめて
michiyamato