ご報告です。
1/1父が天国へ旅立ちました。
ようやく、
こうして言葉にする心の準備が整いました。
突然の別れだったので、
もちろんショックも悲しみもありましたが、
納棺師の方と一緒に
あちらの世界の旅支度をさせていただきました。
私たち三姉妹で
父の身の回りを一つ一つ丁寧に
整えていく時間は、
本当に豊かで、あたたかくて、
「最高の親孝行をさせてもらったなぁ」と
心から感じる時間でした。
お父さん絶対に喜んでる。
そう感じて
もう…感無量でした😌
そして
沖縄のいとこから
「(先に逝っている)お母さんに手土産を持たせてあげてね」
と言われ
何にしようか考えた末、
大きなピンクの花束を父に託しました。
父は母にプロポーズをしないまま
結婚したと聞いていました。
だから、
「今度はこの花を持って、お母さんにプロポーズしてきてね」
そんな想いを込めて、
その花束を一緒に棺に納めました。
今ごろ、ちゃんと母のいる天国にたどり着いて、
花を手に再会できているかな🥰💐
そう思えるほど、
愛と感謝で送り出すことができました。
沖縄の石垣島出身の父。
37年間消防士として働き
私たち三姉妹を育ててくれました。
父は、私の人生のプロセスの中で
とても大きな課題をくれた存在でした。
何度も暴力を受け、
恨み続けたこともあり、
「もう二度と会いたくない」と思ったこともありました。
インナーチャイルドという存在を知ったとき、
とても嫌だったけれど
父と向き合わなければ、本当の幸せには辿り着けない…
そう感じたんです。
心を閉ざし、
ほとんど会話のなかった父と向き合うことは
正直、とても怖かった。
2020年、人生どん底の時。
この現実を変えるためには、
根源である父と向き合う必要がある
そう強く感じました。
心臓がバクバクして、
声が震えながら、父に電話をしました。
「お父さんは、私のこと愛してた?」
その質問に、間髪入れずに父は
「愛しているよ」
「家族みんなのこと、愛しているよ」
と答えてくれました。
その瞬間、涙が一気に溢れて、
心の奥が ふわぁ… と緩んだのを
今でもはっきり覚えています。
昨年末に引っ越しをしたのは、
年老いてきた父のところへ
通いやすくするためでした。
けれど結局、
私は何ひとつお世話をすることなく、
父は“子ども孝行”のまま旅立っていきました🕊️
この写真は、
私が父に電話で
「お父さんは私のこと愛してた?」と聞いた日の後
父が何も言葉を添えずに送ってきた一枚です。
手紙も説明もなく、ただこの写真だけ。
不器用な人だった父なりに、
「どれだけ愛していたか」を
精一杯伝えてくれた写真だったのだと思います😌
お父さん、ありがとう。
お父さんの子として生まれてきて、
本当によかった。
愛しています。
美智子🕊️















