昨年の暮れ、『不登校になって伸びた7つの能力』(廣済堂出版)を書かれた

よっぴー(母)&まりん(娘)さんの講演会に行った。

 

本のタイトルについては、大人の事情もいろいろあったみたいだけど

とにかく彼女たちが伝えたかったのは

 

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  学校に行くとか、行かないにかかわらず

  子どもたちの、自ら育つ力を、大人が脅やかさないようにしたいよね

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ということ。

 

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  子どもたちは、みんな天才で生まれてきている。

  たくさんのものを持って生まれてきている。

  大人が余計な手出しをしなくても、一人で成長してく能力がある。

 

  でも大人は、子どもは何も持っていないから

  教えなければと思っている。

  「失敗しないように」と、教えれば教えるほど 

  子供は学ぶ機会を失う。

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子どもは、大人が手取り足取り教えなくても

伝い歩きを始める。

たった1~2歩歩いただけで、みんなが感動する。

「すごいね!その調子だよ!!」

それを

「なんでそれしかできないの?10歩は歩けるまで頑張りなさい!!」

なんていう親はいるだろうか?

 

子どもは、大人が手取り足取り教えなくても

言葉を話し始める。

見るものをすべてを「ママ」と呼んでも、みんなを幸せな気持になる。

「すごいね!その調子だよ!!」

それを

「全部ママのはずないでしょ!これはコップよ!コップ!ほら言ってみなさい!!」

なんていう親はいるだろうか?

 

いつから、子どもが頑張る姿を

そのまま見ることができなくなってしまったのだろう。

 

今からでも、伝え続けたい。

「キミはキミのペースで、自由にノビノビと育ってね。私はいつも応援している。」

小学生の頃は、わかりやすく“優等生”だった。

通知表の結果はもちろん

担任の女性教師が「本当にすごく頑張り屋さんでスゴイです!」と

目をウルウルさせながら話してくれるほど。

 

中学受験をして、彼女が希望していた公立中高一貫校へ入学。

夏が近づいてきたある日を境に、学校に行くことができなくなった。

先生も、友だちも、みんなが「どうして?」と不思議がった。

彼女自身も、わかっていないかもしれない。

そして学校に来ない”問題児”となった。

 

彼女は何も変わっていない。

小学生でも、中学生でも、高校生でも、生まれた時から。

繊細で、優しい、頑張り屋のおんなのこ。

先日、小6の息子の友だちが3人遊びに来た。

名前はしょっちゅう聞いていたけど、初めて会う子たち。

 

思えば、私が仕事をしていた少し前までは

「家に友だちを連れてきていいよ」なんて言う心の余裕がなかった。

 

4人で遊ぶ様子をみて

「うわ~!みんな同じホンワカ色だ~!」と思った。

ホンワカした空気が私まで包む。

 

サッカークラブの友だちと一緒にいるときとは、違う色だ。

 

彼は、ホントはこんな色なんだな。

ちゃんと自分の居心地のいい場所をみつけているんだな。

色を変えて、サッカーも頑張ってるんだな。

 

いつも彼の幼さばかりが目について

「大丈夫なの??」と心配でいっぱいになっていたのは

私の勝手な思い込みと妄想の一人芝居だった。

 

子どもは、ちゃーんと一人で成長している。

すごいね!!

 

毎朝、家族みんなで朝食を食べるのが日課だった。

たとえ学校に行かなくても。

 

でも


半年ほど前、起立性調節障害と診断されてから
彼女はなぜか朝起きられなくなった。

 

頻脈と低血圧、だけわかっていればよかった気がする。

病名がつくのも善し悪しだ。

気が付けば、私自身が激変して、生きやすくなっている。

学校に行かない娘との生活。