さゆりは白内障の手術の為、休みを取っていた。

3年前には次女のお産の手伝いの為に3週間の休みを取っていた。

そしてその最中に夫が亡くなった。


その時のまるまる一ヶ月の休みを除いたら、27年前に専業主婦から働き出して初めての長期のお休みであった。


亡くなった夫も18歳で働き出してから60歳で退職するまで、長期間の休みを取ることもなく働き続けた。


60歳で退職した後もそのまま関連箇所の仕事に着いた為、退職後に旅行に行くとか身体を休めるとかもしていなかった。


どちらかと言えば、休むことに不安や罪悪感を持っていたのかもしれない。


それはさゆり自身にも言える事だった。


「楽しむ」


楽しんだ後にそのツケがきっとあるんだ!

だから出来るだけその前にやることはやっておかないと、たとえ一泊二日の旅行でも、おちおち心の底から「楽しむ」ことが出来なかったように思う。



夫は亡くなる少し前に、


「あんたはいつまで働くんだ〜?」と、さゆりに聞いて来た。


「仕事辞められるわけ、ないじゃん!」

「そりゃあ父ちゃんみたいに長年働いてそれなりのお給料もらっていた人からしてみれば、こんだけ働いてたったこれだけのお給料?って思われるかもしれないけど!」


夫はさゆりの源泉徴収書を見てあまりの少なさに驚いた。


さゆりはその夫の言葉にバカにされたと思った。

いきなり怒り出したさゆりに夫は、

「あれだけ一生懸命働いていて、なんか可哀そうだと思ってさ…」



「休む」ことに罪悪感を持ち、


「楽しむ」ことに慣れていなかった似た者同士でもあったかもしれない。



それでも夫の晩年は趣味仲間もでき、それなりに楽しんでいた感じであったのが今のさゆりにとっても救われる思いである。


亡くなる1日前には趣味仲間との一対一の対決試合、

次女の所から一旦帰宅していたさゆりに、

「あんたも一緒に行かない?」と珍しい夫の誘いの言葉…


「観たい映画があるからひとりで行ってきなよ〜」と断るさゆり…




3年経った今、あのときに観た映画は何だったのか、それさえ思い出せないさゆりであった。






さゆりの


「古民家」を再生して何かをする!


夢のような物語はこの休みの間に何かが起きようとしていた。




静岡に住む姉とは姉妹として15年しか一緒に暮らしてはいなかった。


その頃から特に仲が良いわけでもなく、さゆりが二十歳で結婚してからだってそれ程交流があったわけでもなかった。


当時は晩婚と言われていた歳に結婚、出産をした姉はやはり60歳までその職を全うし、定年後はあっさり家庭に収まっていた。

定年後のアルバイトも誘われたらしいが、長年働いていてやっと家の中に居れる幸せを感じていると言う。


さゆりの白内障手術の後の休み中にその姉が訪ねてきた。


この住まいに姉が来たのも20数年のうちに10回あっただろうか…


地元のしらすを土産に訪ねてきた姉は、さゆりの「古民家」の話しを聞いて来た。

姉は家の中でユーチューブを観るのが目下の楽しみらしく、


「○○円で買った古民家を再生」みたいなユーチューブにはまっており、前にさゆりが手頃な「古家」を見て回っていると言うと、自分も見に行きたいって言っていた。


「じゃあ、明日にでも行ってみる?」




タイミングと言うのはやはりあるのかもしれない。


「古民家」の売り主さんからメールが届いたのもその日の朝であった。



売り主さんは前とは別の不動産屋さんにその売却を依頼したと言う。

その新しい不動産屋さんにさゆりの連絡先を知らせても良いかとのメールであった。


「売値も下げました。その不動産屋さんは古民家再生のプロですのでさゆりさんも相談出来ると思います。」



「了解しました。ちょうど今日また現地に行ってみようと思っていました。不動産屋さんにはこちらから連絡取ってみます。」


メールを打ちながらさゆりは、新しい不動産屋さんの査定価格が自分の思っている価格より低いわけないし…


そうしたら、この無謀な夢…

もう終わらせる事が出来るんだな…



いろいろな人を巻き込んで、訳のわからないド素人のBBAを半信半疑で不審に思っていたのは、


実はさゆり自身であった。






そんなこんな考えながらメールを打ちながら御殿場線で沼津駅から下り電車に乗り換える。


しばらくしてメールを打ち終えると、車内アナウンス〜


「次は三島〜三島です〜」


「へっ!」


やってしまった💦


何本も電車やホームがある都会の駅ではない、田舎の駅の上り下り…


「今まで生きてきた中で1番幸せ!」と言っていた岩崎恭子さん風に言えば、(彼女は沼津出身)


「今まで生きてきた中で、はじめての失敗💦」と、大丈夫か?自分?


まぁ、でもそこはすぐに新幹線に乗り換え、実際には姉と待ち合わせた時間よりずいぶん早く用宗駅に着いたのである。


つづく