あれからしばらく経ってしまった。
あれから…と言うのも一体いつのあれからなんだろう。
さゆりはこのお話を中途半端に終わらせたいわけではなかったし、何か進展があれば続きを書きたいと思っていた。
こんなに間が空いてしまったのも、ただ単に進展が無かっただけの事だった。
人は現状に満足すると言う事があるのだろうか…
例えば、結婚をしない選択をして悠々自適な独身貴族を謳歌していても、
周りの知り合い、友達はそれなりに相手を見つけ結婚していったりしたら、やはりこころの端っこで、自分はひとりで本当に良いのだろうか、良かったのだろうか、ふと、思ったりすると思う。
さゆりは自分自身をそういう往生際の悪い人間だとわかっている。
実際には若くして亡き夫との40数年の結婚生活を送ったわけであるが、
さゆりが育児や生活に追われている時には、逆にまだ学生で自分ひとりの生活を楽しんでいる友人達が羨ましくてならなかった。
子供が産まれ育って行く間も、いつも何かに追われているようだった。
はやく、はやく、
その日、その時の子供達の様子を楽しむわけではなく、
はやく、はやく、
今なら少しはわかる。
そんなに急いでも行くところは同じ…
はやく、はやくして何処へ行きたかったんだろう。
これといった持病もなく生きてきて突然その人生の幕が落ちるのを身近に体験した。
あの日さゆりは、夫の突然の訃報の知らせに急いで地下鉄に乗り新幹線ホームに走った。
名古屋駅の新幹線ホームは地下鉄の駅から、正反対の場所にある。
いつもは美味しそうなバームクーヘンの店のショーウィンドウを横目で見ながらゆっくり歩いている場所を心臓をバクバクさせながら「ひかり」に間に合うように必死で走った。
早く帰らなきゃ…
いや、急いで帰っても…
マニアワナイ
昨日、仕事の後にエディオンで買い物したって、ラインくれたじゃん…
また、無駄遣いしてって!
それが最後のラインになっちゃた…
昨日の昼には出先のファミレスのランチの写メ送ってきたじゃん…
まぁ、豪華ねって、
子供達3人の中で夫が気にしていた次女の事、
夜中に、「○っちゃんは大丈夫だよ!」 ラインしたのに、既読にならなかったライン…
その時には…もう…いなかったんだ…
40数年の結婚生活、勝手に死んでしまった…。
3年経とうとしていても、まだ酷い仕打ちをされたとしか思えないさゆりがたまに顔を出す。
本人が一番無念であるはずなのに、自分の腹立たしい感情を抑えられないお前こそ酷い妻だよ!
何年経ったって、さゆりの気持ちは変わらない。
その時のその気持ちに蓋をして生きている。
明日には会えないってわかっていれば、もっともっと態度も言葉も違ったはず…
こんな偏屈な女房でなければ、もっともっと違う人生でもっともっと幸せにしてあげれたのだろうか…
そんな感情も抱いたまま生きて行かなければならない。
私はさゆりは、そんな簡単に死ぬわけにはいかないから!
はやく、はやく
もう急がない。
今を生きる。
今を楽しいと感じたい。
それが今のさゆり。
今の仕事はさゆりが望めば後12年働ける。
安定した職場、
安定した収入、
だけど、本当にそうしたいの?
安定が何だと言うんだ?
お前の生きたい人生は本当にそれなのか?
さゆりがしたいこと、
誰のためでも無い、さゆり自身が幸せになりたい。
例の「古民家」を紹介してくれた方からついに連絡が入った。
今は県外に居る持ち主さん。
買い手の無いだろう物件を取り壊しの見積もりに訪れるという。
まだまだ半信半疑であやふやなさゆりだが、その現場に参加させて頂き話をする場を持つ事が出来そうだった。
だが、
昨夜帰宅すると同居する嫁から報告、
嫁の勤務先でクラスター発生…
嫁は陰性。
出勤の前に検査をして、クラスターの担当はしない。(常勤ではない為)
さゆりは自分の勤務する病院に報告。
なんと!
さゆり自身が自宅待機になってしまった。
自宅待機の間に「古民家」の内覧があった。
事情を話し不参加を決定。
内覧して気に入れば暴走してしまうさゆり自身を知っている。
不参加になったことをどこかほっとしているさゆりもいる。
小高い山のてっぺんにあるその物件、
冬の夜空を見上げれば他に明かりも無いその場所は、
きっと一面のまばゆい星空のはず…
「他にもそんな場所はきっとあるよ」
友人が慰めてくれた。
さゆりの夢は…
言ってみれば、大した事ではないのだ。
縁側でお茶を飲み、ぬれ煎餅を食べたい。
暖かな日差しの中で日向ぼっこをしたい。
炊きたてのご飯でおにぎりを握りたい。
冬の夜空をシュラフに包まりながら、満天の星をみたい。
だけ…なのだ…
このお話しは…
想像にお任せします。