末っ子の長男に振り回されている間、長女、次女にもそれぞれの出来事があり、子供の数だけ楽しい事もあれば苦しい事、大変な事もあるものだとさゆりは実感していた。


長女は親のさゆりが言うのもなんなんだけど、小さい時から静かで手のかからない娘であった。


急なお産、帝王切開で産まれた時には産声をあげられず、医師が娘の背を叩くパンッパンッという乾いた音だけを目隠しをされたさゆりは聞いていた。


その直後、

「ゲホォ、ゲホォ、」

続いて、

「ォ、オギャ〜」と泣く声がした。


後で次女、長男を取り上げてくれた別の病院の医師に、最初のお産での帝王切開を不思議がられていたが、さゆりはやはり今でも長女のお産は緊急性があったのだと思っている。


ただ手術をしたため直ぐに乳をあげられず、その後パンパンに膨れた乳を産院のベテラン助産婦さんにこれでもかと涙が出るくらい揉まれた時にも起き上がれず新生児の娘に乳を含ませる事が出来なかった不甲斐ない母であった。

その為か、それ以来さゆりの乳は膨れる事もなく、それでもと赤子の口を乳房に吸わせるが力の弱い赤子は腹が満ちる前に疲れて寝てしまった。


当時は、義母が布おむつ、母乳が絶対という人であり、そんな赤子にお母さんの乳の出が悪くて可哀想にと悪気も無く言う人だった。

さゆりは疲れて眠ってしまった娘を抱きながら不甲斐ない自分が悲しくて涙が出てくるのを止めることができなかった。

さゆりの顔からしたたり落ちる涙が長女の顔を濡らすのを見ながら、

自分は何から何まで母親失格なんだって悲しい思いであった。


義母には感謝もしている。


産後、仕事をしている実家の母に代わって当時住んでいた借家に私達の世話をしに来ていてくれた。

ただ、後から思えばその義母自身更年期障害の真っ最中で、さゆり達の借家にきても寝ている事の方が多かったけれど、

それでも初めての出産、育児をするさゆりにとっては5人の子供を育てた義母の存在は頼もしいものだった。


親のさゆりが言うのはやはり、何なんだけれど、長女はやさしい子供に育って行った。

少しボゥとした所もあったけど、誰かをいじめたり、グループの中で誰かを仲間外れにするなんてことは出来ない、しない娘に育った。

娘の幼稚園の担当教諭に、

「○○ちゃんを見ていると、ほんと

ほっこりするんです〜」とまで言われた。

どちらかと言うと他人に何がするというよりされる側だったのかもしれない。ただ当の本人が例えば意地悪をされているとか、仲間はずれにされているとか感づいていない所があったので、次第に相手も面白くなくなっていじめも重症化しなかっただけなのかもしれない。



静かな目立たない娘の人生の岐路点、それは小学1年の夏の転校であった。

転勤族の夫の辞令が出て慌ただしく引っ越しをしたのは、県内の東部伊豆半島であった。


娘は全校生徒120人ほどの小さな小学校に転校をした。

転校の手続きと挨拶をした部屋で名札を書くため教師にクラス名を尋ねると、教師は、

「あっはっはっ〜クラス名、無いんですよ〜、1年は1年だけ!」

と言ったのを今でも印象に残っている小さな海辺の村の小さな小学校であった。


そこは、やはり地元の幼稚園からそのまま小学校にそっくり上がって来た子供達しか居らず、他所から転校してきた娘はもうそれだけでヒロインみたいな扱いであった。


都会の大きな学校の目だたない大人しい性格の娘はなぜか、性格が変わったのかと思うくらい明るい活発な子供になって行った。

授業では積極的に手をあげ、クラスの役員も進んでやり、学芸会では主役、ピアノの伴奏は頼まれるは、もちろん数少ないクラスメートの男女みんなが娘の良き友達になって行った。


次女、そして(特に)長男に至ってもこの海辺の村の生活は懐かしい原点であり、今でも良かった時代の思い出として語っている。

(もちろん、それは地元にとってさゆり達家族が通りすがりのよそ者で、地元の方の親切心でいごごちが良かった事も承知している。)


長女は5年生の夏にまた父親の転勤で転校をした。


今度は祖父が亡くなってひとりになった祖母と同居する為、父親の地元に帰って来たのである。


海辺の小さな小学校と違い富士山を仰ぐ街の大きな学校、

親のさゆりは長女に至っては順応性もあると思っていたので、心配はしていなかったのであるが、後から聞くには、転校生に対する嫌がらせなどを受けていたようであった。


親はいつも後から知るのである。


しかしそれからの体験等が、将来小学校、中学校の臨時教師になった娘の財産になって行ったようである。


わけがあり本採用の教師にはならなかった娘だが、中学校などの不登校、保健室登校の生徒達からは慕われるような先生だったようだ。


そんな娘に神と言うものがいるなら、神様はなぜ、試練を与えるのであろうか…


罪と言うものがあるなら、この母が全て引き受けたいさゆりであった。