さゆりは店の名前だけ店長になっても勤務時間は朝から夕方までの固定で勤務させてもらった。


本来なら、店の店長はシフト上深夜の営業終了までたまにはいるべきだろう。

それが出来ない事は最初からわかっていたから、スタッフの反発がない分、さゆり自身は責任を必要以上感じてしまっていた。

 

それはさゆりが仕事を終え、自宅で夕飯を済ませた頃だった。


店から一本の電話がかかってきた。

夕方から深夜メンテナンスの時間まで勤務するパートさんからだった。


「今、頼んだ商品じゃないって、お客様からクレームの電話で、なかなか電話を切らしてくれなくて、他のお客様は来るし、パニックになって電話切ちゃいました!その後もじゃんじゃん電話がかかってきて、時間帯責任者とオーナーが謝りに行っているんだけど、さっきのおばさんに謝りによこせって、凄い剣幕らしいんです!オーナーが仕方ないから来て欲しいって…

私は嫌です。こわいです。もう帰りますから!」


どうも一筋縄ではいかないクレーマーだとさゆりは感じた。

とりあえず、さゆりは「店に行ってくる」と、夫に伝え暗い夜道を車を飛ばした。


そのお客様は、市内でも有名なクレーマーらしいと後から知った。

お客様に謝る為にオーナー自ら出向いたのに、その人はオーナーが土下座したぐらいでは許さなかったらしい。


「明日の朝から乗り込んでやるから!覚悟しとけ!」と言われ開放されたと後から知ったさゆりだった。


明朝からの勤務のさゆりに緊張が走った。

朝は、ほとんどさゆりを含め女性しかいない。

乗り込んで来られたらどうしたものか…

これはもう、通報ものであろうに…


明朝、さゆりが緊張しながら開店の準備をしていると、店に一本の電話が鳴った。


乗り込むと、脅かしてきたあのお客様だった。

その人は最初さゆりの事を昨夜のパートの女性と思ったようだ。

怒鳴り散らすその人にさゆりは冷静な態度を取り続けた。こういう方は売り言葉に買い言葉になってしまう。ちょっとでも付け入るすきを見せてはいけない。

その人も最初の怒涛な怒りから、だんだんトーンが落ちてきた。

世間ばなしを続けているうちに変に親しさすら示してきた。

結局、俺の話を聞いてほしい!タイプのお客様なのだ。

朝の忙しい時間に何十分話をしたのだろう…完全な営業妨害である。


それからというと、その方が来店される度にさゆりは相手をした。もちろんさゆりの言葉尻を取られないよう、気を使いながらである、

このような方はちょっとした言葉の端に変に食いつくのであると、さゆりは肌で知っていた。


それにしても、そんな異常なお客様の矢面にパートさんを立たせようとしたオーナーのメンツは失墜してしまったし、貴重な時間帯を働いてくれるパートさんは怖くて仕事なんか出来ないと言って辞めてしまった。


楽しい仕事の現場だったはずなのに、さゆりは自分はクレーム処理が得意なわけではない、

もし自分がそのお客様だったら…その方になったつもりでその方の怒りを感じる。

そして、その怒りに共感すらして、誠心誠意謝るだけ…

さゆりはそれに疲れ果ててしまっていた。さゆりは口先だけの謝罪は出来なかったのである。