正式名を、
八ヶ岳中信高原国定公園
高ボッチ高原
塩尻市の東側に位置する1665メートルの山、
お天気が良ければ東方向に諏訪湖、運が良ければ富士山を見ることができ、
西方向には穂高連峰、北アルプスがある。
四季を通して楽しめる景色があるのだが、
冬季は高原への道が封鎖されてしまう。
封鎖される前のわずかな期間の雲海を
カメラに収めようとする人々が早朝からベストショットを狙いにくる。
8月のある日には観光草競馬大会が行われる場所では有名な事だ。
頂上の広場は最近綺麗に整備され、アウトドアの聖地としても人気のある場所となった。
嬉しい事に今年はその利用料は、わずかな協力金を収めるだけで利用できる。
さゆりは前を走る裕之の軽ワゴン車「エブリイ君」の後をついてその細いクネクネ道を上がって行った。
先の見えにくい山の道で、先頭を走るのは緊張を強いられる。
裕之は、後ろを走るさゆりが不安にならないよう丁寧な運転を心がけた。
元々裕之はその若い頃、あの、名古屋で車の運転を覚えていた。
しかし後ろをついてくるさゆりに急ブレーキを踏ませるわけにはいかない。
細心の注意を払いナビゲーターとなった。
天気予報では雨に降られる確率がたかい。
裕之は例え雨の中のキャンプでも、その撤収作業時に晴れていれば雨の中のキャンプもこれもまた風情のあるものと思っている。
明日は晴れそうだ。
実は地元民でありながら、この高ボッチ高原に幕を張るのは初めてであった。
さゆりがこの高原の名を出さなければ、さてこの地をキャンプ地としたか…?
これも不思議な縁と言うものであろう。
高ボッチ高原の丘に、裕之とりょう子の、スノーピークの広いテントの横にさゆりは自分の、コールマンツーリングドームSTを張った。
もうキャンプも数回目、手慣れたものであるが…
詰めの甘いところがまた出てしまった。
テントを固定するペグを忘れて来てしまったのだ。
裕之はそんなさゆりのフォローもして、自分のペグでさゆりのテントも固定した。
どこまでも「師匠」に頼り切りのさゆりであったが、
夫亡き後、誰かに頼るというのを思い出した。
頼る人が居なくなり、この2年間やせ我慢をどれだけしてきたか、さゆりは気がついた。
信頼ある者の背中について行き、何かあっても安心だという居心地の良さ…
自立したオンナと認識されるのはもちろん嬉しいが、
自分の失ったものの大きさを改めて知るさゆりであった。
行動を共にしていたが、後はそれぞれ付かず離れず、絶妙な立ち位置の3人である。
元々ソロキャンパーを名乗るさゆりを尊重していたが、
その夜の宴には、裕之、りょう子の招待をさゆりは快く受けていた。
夜の帳が落ちるころ、3人は性別年齢の差を超えて昔からの知り合いのように話せるようになっていた。
さゆりは実はこのふたりに会う前に懸念していたことがあった。
一緒に暮らしながら、このふたりは意志の確認を、ブログと言う媒体を使っている。
目の前にいる相手に、直に本音を言うのではなく、スマホをブログを通じて話している。
ふたりに会う前、そのブログを読みながら、
一体この二人は、どういう「プレイ」をしているのだろう…
不思議な思いを持っていた。
その理由をさゆりなりに聞いてみた。
「結婚はしないの?」
出会ってひと晩は過ぎていたが、
他人だから言える失礼な質問だ。
各々が席を立ったその時に聞いたのだが、
それぞれ口裏を合わせたような理由を話してくれた。
「それ、本音?」
どこまでも図々しいさゆりである。
「結婚」という、契約のないふたり、
出会って話して数時間だが、夫婦にはない良い意味の緊張感を、
さゆりはふたりから感じていた。