「長野県の人って、言葉使いがとても丁寧ね、文章もやさしいし、人柄が出ているわ」


さゆりに裕之はそう言われた。


そうかな…自分ではわからないけれど、


いつもこんなですよ。



裕之としては相手がとんでもない人でない限り、


誰にも同じように接しているつもりだった。



「それが、お育ちが良いってことよ」



いや、育ちって、普通ですよ。


「昔から家族でキャンプとかしていたの」


いいえ、家族でキャンプとかしたことは無かったですね、


夏休みとかは、軽井沢の別荘へ行くぐらいで…



「……」



裕之としてはウケ狙いで話したつもりでは無かった。


実際、裕之の父親はキャンプとか連れて行くような親ではなかったし、軽井沢の別荘では、バーベキューをするわけでもなく、母親の手作りの料理を食べるだけだった。


正直にそうであった事を話したのに、


目の前のさゆりや、りょう子までが、


しら〜となり、


会話が一時途切れた。



確かに裕之自身子供の頃はお金にこまる親なんてみたことないし、


その生活が当たり前だと思っていた。


ただ、若いころ就職した名古屋では、給料日までお金が足りず苦労をしたこともある。



「ご両親は裕之さんがご長男なのに県外に出されたのね、


そして今まで知らなかったお金の苦労をさせたのね、


それは、ご両親が偉いわ」


そうかも知れない。


今は、必要な分だけあればそれ以上儲けなくもいいと思っているし、


身の丈にあった楽しみ方をすれば良いと思っている。



今の生活が裕之自身居心地の良い暮らしだと思っている。




うまい酒とサカナ、


いつでも自由に遠出出来る車と、たまに集う気の合う友、


最近ではSNSでさゆりのような人でも年齢関係なく知り合える。



多くは望まない。

居心地の良い空間と自由なこころさえあれば…


それが、裕之のスタンスだった。



「わかったわ、確かにそれは素敵な生き方ね、

でも、なんでしょうね、まだお若いのに…年寄りみたい…」




「……」


今度は、裕之が無言になった。



「ウワキしてもいいって言うんですよー」

酔っ払ったりょう子が突然言った。



「……」


「どうして?焼きもちやかないの?」と、さゆり


「いや、好きな人が他にデキたら、それはそれでいいかな…って…」



「女が浮気する時は本気なんだから!!」と、なみだ目のりょう子



「そうね、オトコは嫌いとか、よっぽどなオンナでなければ、その気になるものかもね、

でも、オンナがその気になるって、好きっていう気持ちがなければしないかもね、」


大人発言のさゆり…



「裕之さん、何かが欠如している?」


どこまでも失礼発言のさゆりだった


が、


実はさゆり自身、亡くなった夫がこんなに早く逝ってしまうなら、


もう一度この世で夫に青春があっても良かったのにと、


思っていた。



なんでしょうね、相手のためを思って…



いやいや、ちょっと違うわね。


だれか、説明できるなら説明してほしいワ。





長野県塩尻市、


高ボッチ高原、キャンプサイト、


天気は持ちそうだと思ったのに、


やはり標高1600メートル余りでも、山は山、


6月の後半だと言うのに、

あたりの空気が寒いほどになり、


雨粒が裕之の張ったスノーピークの帆を容赦なく濡らしていく、


その分裕之が丁寧につくりあげる焚き火の炎がありがたく感じ、


年齢性別こそ違いはあるが、キャンプ、焚き火が好きだという同じ趣味を持つ、3人の酒の量がすすんで行く。




りょう子は今まで聞けなかった、聞きたかった裕之の過去を、


酒の酔いと、さゆりの存在の力を借りて聞いていた。




「前の結婚生活に一体何があったの?」


案外、サラッと裕之は答える。


淡々と、事実だけ…



別れはしたけど、一度は好きになり結婚して生活を共にした女の事である。



別れる時は、それなりの修羅場だってあったはず、


胸を引き裂かれる思いもしたに違いない…



こことばかりに愚痴りそうなものだけど、


そんな時も裕之は必要以上に別れた元妻を非難したりしなかった。


「そんな事、知りたかったの」と裕之



だが、


「ウワキしてもいい」のフレーズに


さゆりは裕之自身が最初の結婚と離婚で想像以上に傷つき、


そのトラウマゆえ今だに自信を失っているように感じた。



来る者拒まず、いつも誰でもウエルカムな態度の裕之、



それは、自身が誰かに拒否されるのが恐怖である裕之の心の裏返しか…




ふたりに会う前に、


ブログの中で、


不思議に感じていたふたりにたいしての、


違和感、



さゆりはその理由がわかって来た気がした。



だからといって、さゆりに何か、


出来るものでも、



するものでも、



ない…




それは裕之と、りょう子の問題、


ふたりがこれから乗り越えて行くものである。



乗り越えられなければ、


それだけのもの…なんだろう。





結婚と言う紙の上での事と言うが、



さゆりはそのうえで、思い切り安心して、笑い、泣き、喧嘩もして、



あぐらをかいてきた自分がいたんだな、と思った。





ビリーバンバン


終わりなきゆめ




あれほどの愛の深さ


憎んだことはなかった


誰もせめられないこと


心は気づきながら




選べずにいた道が


いつも正しい気がする


戻ろうとしてもそこに


ふたりはいないのに



幸せの残り香を


移りゆく 時がうばう



君だけに逢いたくて たどる思い出


僕だけが抱いている 終わりなき夢よ


僕だけが抱いている 終わりなき夢よ