高校は私立の大学の付属高校に行った。
3つ違いの姉は婦人警官(当時の呼び名)になってもう働いていた。
 
私の地域は私立に行くのは公立に行けない子供だから、
本当は公立の工業高校に行きたかったし、とりあえず偏差値も足りていた。
しかし担任に女子は偏差値足りていても工業高校は難しいと言われてしまった。

もともと絶対行く!っていう根性も無かったし、名前を書けば入れるみたいな感じで高校を選んでしまった。

それは間違いだった、当然だけど私立は入学金、授業料、寄付金等、半端無かった。
何とかなるだろうと思っていたし親も何も言わなかった。

クラスの大半が付属の大学へ進学を決める中、私は何も決まっていなかった。
高校の授業料でさえ、滞っていたのだ。

そして家から離れて仕事していた姉が、まだ応募が終わっていないその仕事を勧めてくれた。
流されるまま、試験受けて、合格して、
就職の為に家を出ることになった。

なぜ授業料が滞納したのか?
まだ書けない…
その後、働きながら払いました😄
当時の学校の対応には今さらながら感謝です。

主人と知り合う前の18年辛い事が多かった…
主人と結婚してからの20年ぐらいはいろいろあったけれど平穏な日々で…
その後20年は…本当に…いろいろあって…

少しづつ整理していこう!