Burning Man
今年もまたBurningManの季節がやってきた。
確か...2003年に参加した時・・・・
SF空港から車をチャーターしてリノの街で食料等を買い込み・・・・・
イベントの為の準備をしてから会場に車を走らせた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Burning Manとは、アメリカ合衆国ネバダ州リノ市から約150km
ブラックロック沙漠において、年に一度、8日間に渡って開催される大規模なイベント。
「プラーヤ」(Playa)と呼ばれる土地に面積4.5平方km、周囲7.5kmという広大な会場が設営。
「バーニング・マン」という名称は、会場の中心に設置された巨大な人型の木像
「ザ・マン」(The Man)に土曜日の夜、火を放つ(burn) ことに由来する。
各参加者は、任意の場所に設営したテントやキャンピングカーを自らの家とし、そこで新しい隣人たち
と出会い、友人を作り、交遊し、彼らと助け合いつつ過酷な自然環境下で一週間を生き抜く。
そのために必要となる水、食料、衣類、住居は、自らの責任において事前に準備することが求められる
。
貨幣経済や商行為は禁止、見返りを求めない'贈り物'と'親切さ'とで共同体を成立させている。
(Give & Give精神)
アートインスタレーションが設置され、サーカス、レイブパーティ、酒場、ヨガ、ボディペインティン
グ、ウエイトトレーニング、舞踊、瞑想、天体観測、彫刻、音楽演奏、ディスカッション、ワークショ
ップ、演劇、ファイアーダンス、パン焼き教室、トランポリン、大道芸、仮装、集団パフォーマンス、
ローラーディスコ、自転車修理/改造、セスナ機での遊覧飛行、など、自由な発想から生まれる多種多
様な活動が、会場の至るところで実行されている。
1986年にサンフランシスコのベイカー・ビーチにて、ラリー・ハーヴィーという人物が恋人とのイザコザの憂さ晴らしのため2.4mの木製の人形を作って燃やしたことが最初のきっかけだった。
アンダーグラウンド・アートシーンの興味を集め、次第に多くのアーティストがベイカー・ビーチに集まるようになった。
イベントの規模が拡大するにしたがい燃やす人形も巨大化し、ベイカーズ・ビーチでの点火が不可能となったため、1990年より会場をネバダ州のブラックロック沙漠(Black Rock Desert)に変更。東京23区よりも広い沙漠を会場として得たことで、さらに大がかりなイベントとなっていった。
1990年代初頭はまだ「知る人ぞ知る」イベントであった。しかし1990年代半ばから始まるインターネットの普及により、世界中で数多くのWEBサイトが作られ、爆発的に参加者が増えることとなる。
現在の参加者は5万人弱。期間中のBlack Rock Cityはネバダ州で3番目に大きな人口を持つといわれる。
毎年テーマがあり2010年のテーマは・・・・・・・
「METROPOLIS: THE LIFE OF CITIES」
確か...2003年に参加した時・・・・
SF空港から車をチャーターしてリノの街で食料等を買い込み・・・・・
イベントの為の準備をしてから会場に車を走らせた。
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Burning Manとは、アメリカ合衆国ネバダ州リノ市から約150km
ブラックロック沙漠において、年に一度、8日間に渡って開催される大規模なイベント。
「プラーヤ」(Playa)と呼ばれる土地に面積4.5平方km、周囲7.5kmという広大な会場が設営。
「バーニング・マン」という名称は、会場の中心に設置された巨大な人型の木像
「ザ・マン」(The Man)に土曜日の夜、火を放つ(burn) ことに由来する。
各参加者は、任意の場所に設営したテントやキャンピングカーを自らの家とし、そこで新しい隣人たち
と出会い、友人を作り、交遊し、彼らと助け合いつつ過酷な自然環境下で一週間を生き抜く。
そのために必要となる水、食料、衣類、住居は、自らの責任において事前に準備することが求められる
。
貨幣経済や商行為は禁止、見返りを求めない'贈り物'と'親切さ'とで共同体を成立させている。
(Give & Give精神)
アートインスタレーションが設置され、サーカス、レイブパーティ、酒場、ヨガ、ボディペインティン
グ、ウエイトトレーニング、舞踊、瞑想、天体観測、彫刻、音楽演奏、ディスカッション、ワークショ
ップ、演劇、ファイアーダンス、パン焼き教室、トランポリン、大道芸、仮装、集団パフォーマンス、
ローラーディスコ、自転車修理/改造、セスナ機での遊覧飛行、など、自由な発想から生まれる多種多
様な活動が、会場の至るところで実行されている。
1986年にサンフランシスコのベイカー・ビーチにて、ラリー・ハーヴィーという人物が恋人とのイザコザの憂さ晴らしのため2.4mの木製の人形を作って燃やしたことが最初のきっかけだった。
アンダーグラウンド・アートシーンの興味を集め、次第に多くのアーティストがベイカー・ビーチに集まるようになった。
イベントの規模が拡大するにしたがい燃やす人形も巨大化し、ベイカーズ・ビーチでの点火が不可能となったため、1990年より会場をネバダ州のブラックロック沙漠(Black Rock Desert)に変更。東京23区よりも広い沙漠を会場として得たことで、さらに大がかりなイベントとなっていった。
1990年代初頭はまだ「知る人ぞ知る」イベントであった。しかし1990年代半ばから始まるインターネットの普及により、世界中で数多くのWEBサイトが作られ、爆発的に参加者が増えることとなる。
現在の参加者は5万人弱。期間中のBlack Rock Cityはネバダ州で3番目に大きな人口を持つといわれる。
毎年テーマがあり2010年のテーマは・・・・・・・
「METROPOLIS: THE LIFE OF CITIES」




淀川(淀川テクニック…アート協力)


