ちょっと今回は暗い話なので…
読むのはオススメできません
でも、私が生きてきたなかでわずかながら経験してきた「別れ」について、ちょっと書きたいと思います。
私は、両親共に健在で、祖父母もまだ健在です(父方の祖父は若いときに亡くなってしまいましたが)。
身内のお葬式も今までまったくありません。それはもちろんいいことですが、そのために、「人の死」に対しての免疫があまりありません。
唯一経験したのは、小学生のときの担任の先生が、ガンで亡くなったときぐらいです。
私は当時高校生でしたが、先生はまだ若く、「いい人は早く亡くなるというのは本当なんだ」とぼんやり思っていた気がします。
その先生は、悪いことをした生徒には非常に厳しく叱りましたが、普段は明るく、とてもみんなに慕われてました。
残念ながら、私はこの先生以上に生徒思いの先生には今まで出逢えていません。
他にも色んな形の「別れ」がありますが、人との別れの話はこのぐらいで。
次に、動物との別れについて書きたいと思います。
私は、動物との別れは何度か経験しました。
小学1年生のとき、こっそり拾ってきたメス猫の「ミャー」。とても頭のいい子で、いつの間にか家族全員がかわいがっていました。
でも、ある日突然具合が悪くなり…。
当時は知っている動物病院があまりなく、とある病院で手術したすぐ後に息をひきとりました。
まだたったの2才だったと思います。
そして、知り合いの人が貰い手を探していたちっちゃな黒猫の男の子。
親に、とりあえず1か月でいいから預かりたいと頼みに頼んでうちに来てくれた子。
実はもともとみんな病気だったらしく、私がひきとった後、兄弟はすぐに亡くなっていたそうです。
うちの犬猫も一生懸命相手をしていて、猫さまなんて外に隠れていやいやしてる黒猫くんを気長に待って説得したりして、仲良く暮らせる気がしたんですが…。
うちに来て1週間でした。
それでも、1週間でも長く生きられることができて幸せだったんだと必死に思おうとしたものです。
なんとなく、犬や猫も黒猫の死を感じていたみたいでした。
まだ名前もついてなかった黒猫の彼…。
最後に、これは家にいたわけではありませんが、ある野良犬がいつもウロウロしていて、なぜか私によくなついていました。
この犬、元は飼い犬だったんだろうなというかんじのたくましいオスで、非常に頭のいい犬でした。
マイケルがまだ子どもだったとき、裏庭でよく一緒にかけっこをして遊んでくれたりしました。
本当に頭がよくて、泥棒被害が近所で何日か続いたときがあったのですが、うちは、その犬が家の前で番をしていてくれたおかげで被害はありませんでした。
しかし、やがてメス犬と現れるようになり、その犬はいつしかいなくなってしまいました。
たぶんメスのお腹には赤ちゃんがいたんだろうと思います。
そして…犬たちは、山へ行ったのかもしれませんし…人間につかまったのかもしれません。
当時私は中学生でしたが、人間のエゴについて考え、悩んだものです。
動物たちがいなくなるたびに、私は自分を責め、毎日泣き、ときには大人を恨んだこともありました。
でも今は、長生き犬と長生き猫さまがいて幸せです。
いつかは別れがくるけれど。
別れをおそれていたらいつまでも新しい出逢いはないんだと最近ようやく思えるようになりました。
まあ、別れのときは絶対!泣きますが。
動物たちは自分の気持ちを話してくれないので、本当に幸せだったのかな…と悩むことも多いです。もっとしてあげられることがあったのかな、とも。
18年お猫さまと一緒にいて思うことは、長かれ短かれ、一緒にいること、思ってあげることが大切なんだなということです。猫さまは、今でも一緒に時間を過ごすときが幸せだと言ってます(これは勝手な解釈)。
もし、あと数日で大切な人が亡くなると知れば、私は毎日泣いて眠れないでしょう。
でももし私があと何日かで死ぬと知れば、きっと私は家族や周りの人のことを心配するでしょう。悲しまないで、と思うでしょう。
動物にも同じ気持ちがあるのではないかと思います。
いつかは来る別れ。
悲しいけれど、悲しんでばかりじゃいられませんね。
長生きしすぎて介護生活も大変ですが(笑)
とまあ、意味不明なお話でした。
もし最後まで読んでくださった奇特な方がいらっしゃったら、本当に感謝します。
コメントはけっこうです。
もし「物申す!」ということがあればガンガン
ください
お猫さまは相変わらずですので、お猫さまの応援(?)はどうぞこれからもよろしくお願いします
読むのはオススメできません

でも、私が生きてきたなかでわずかながら経験してきた「別れ」について、ちょっと書きたいと思います。
私は、両親共に健在で、祖父母もまだ健在です(父方の祖父は若いときに亡くなってしまいましたが)。
身内のお葬式も今までまったくありません。それはもちろんいいことですが、そのために、「人の死」に対しての免疫があまりありません。
唯一経験したのは、小学生のときの担任の先生が、ガンで亡くなったときぐらいです。
私は当時高校生でしたが、先生はまだ若く、「いい人は早く亡くなるというのは本当なんだ」とぼんやり思っていた気がします。
その先生は、悪いことをした生徒には非常に厳しく叱りましたが、普段は明るく、とてもみんなに慕われてました。
残念ながら、私はこの先生以上に生徒思いの先生には今まで出逢えていません。
他にも色んな形の「別れ」がありますが、人との別れの話はこのぐらいで。
次に、動物との別れについて書きたいと思います。
私は、動物との別れは何度か経験しました。
小学1年生のとき、こっそり拾ってきたメス猫の「ミャー」。とても頭のいい子で、いつの間にか家族全員がかわいがっていました。
でも、ある日突然具合が悪くなり…。
当時は知っている動物病院があまりなく、とある病院で手術したすぐ後に息をひきとりました。
まだたったの2才だったと思います。
そして、知り合いの人が貰い手を探していたちっちゃな黒猫の男の子。
親に、とりあえず1か月でいいから預かりたいと頼みに頼んでうちに来てくれた子。
実はもともとみんな病気だったらしく、私がひきとった後、兄弟はすぐに亡くなっていたそうです。
うちの犬猫も一生懸命相手をしていて、猫さまなんて外に隠れていやいやしてる黒猫くんを気長に待って説得したりして、仲良く暮らせる気がしたんですが…。
うちに来て1週間でした。
それでも、1週間でも長く生きられることができて幸せだったんだと必死に思おうとしたものです。
なんとなく、犬や猫も黒猫の死を感じていたみたいでした。
まだ名前もついてなかった黒猫の彼…。
最後に、これは家にいたわけではありませんが、ある野良犬がいつもウロウロしていて、なぜか私によくなついていました。
この犬、元は飼い犬だったんだろうなというかんじのたくましいオスで、非常に頭のいい犬でした。
マイケルがまだ子どもだったとき、裏庭でよく一緒にかけっこをして遊んでくれたりしました。
本当に頭がよくて、泥棒被害が近所で何日か続いたときがあったのですが、うちは、その犬が家の前で番をしていてくれたおかげで被害はありませんでした。
しかし、やがてメス犬と現れるようになり、その犬はいつしかいなくなってしまいました。
たぶんメスのお腹には赤ちゃんがいたんだろうと思います。
そして…犬たちは、山へ行ったのかもしれませんし…人間につかまったのかもしれません。
当時私は中学生でしたが、人間のエゴについて考え、悩んだものです。
動物たちがいなくなるたびに、私は自分を責め、毎日泣き、ときには大人を恨んだこともありました。
でも今は、長生き犬と長生き猫さまがいて幸せです。
いつかは別れがくるけれど。
別れをおそれていたらいつまでも新しい出逢いはないんだと最近ようやく思えるようになりました。
まあ、別れのときは絶対!泣きますが。
動物たちは自分の気持ちを話してくれないので、本当に幸せだったのかな…と悩むことも多いです。もっとしてあげられることがあったのかな、とも。
18年お猫さまと一緒にいて思うことは、長かれ短かれ、一緒にいること、思ってあげることが大切なんだなということです。猫さまは、今でも一緒に時間を過ごすときが幸せだと言ってます(これは勝手な解釈)。
もし、あと数日で大切な人が亡くなると知れば、私は毎日泣いて眠れないでしょう。
でももし私があと何日かで死ぬと知れば、きっと私は家族や周りの人のことを心配するでしょう。悲しまないで、と思うでしょう。
動物にも同じ気持ちがあるのではないかと思います。
いつかは来る別れ。
悲しいけれど、悲しんでばかりじゃいられませんね。
長生きしすぎて介護生活も大変ですが(笑)
とまあ、意味不明なお話でした。
もし最後まで読んでくださった奇特な方がいらっしゃったら、本当に感謝します。
コメントはけっこうです。
もし「物申す!」ということがあればガンガン
ください
お猫さまは相変わらずですので、お猫さまの応援(?)はどうぞこれからもよろしくお願いします






