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 今、「フォンナム」というタイの伝統音楽を演奏するグループのBGMで流れる中で、タイの思い出やら骨董のことでも書きましょうか。タイだけでなく、インドシナ半島も含めたいと思います。
 タイには学生時代に一人旅しました。沢木耕太郎さんの「深夜特急」に影響されたこともありますし、留学生たちと話していても、欧米系の学生とは話が比較的に合うのに対して、同じような顔をしたアジアの学生たちとは、なかなか、話があわないのです。私の学生時代ですから、かれこれ40年近く前になります。当時の東南アジアでは、結構,反日的な動きもありました。また、青木保の「タイの僧院にて」にも感化されました。そんなこんなで、ともかく東南アジアの中でタイに行ってみました。学生の貧乏旅行ですから、安い宿やYMCAなどを泊り歩きました。1か月ほどいました。大学に潜り込んで、日本語専攻の学生と話したり、また、チェンマイ大学では、たまたま学園祭をやっていて、チェンマイ大学の学生のような顔をして学園祭を楽しんだりしました。早朝のチェンマイの通りを托鉢僧が集団で朝もやの中を歩いていく、そんな光景は記憶に鮮明です。1か月の滞在中、お金を使い果たし、現地で知り合った、お金持ちの親をもつ学生さんの家に居候していました。彼の場合、実家は田舎にあるのですが、父親が手広く商売をやっている、そこで子供をバンコクの大学に進学させ、親戚の子供たちでバンコクの学校に行っている若者たちを、メイドさんつきの豪邸に住まわせているという具合でした。タイを離れるときは、彼の車で空港まで送ってもらいました。
 さて、タイやインドシナ半島の骨董ですが、最初に関心をもったのは、スンコロク人形です。お乳を赤ん坊に与える母親、アヒルか何か家禽を抱く男性、あるいはゾウなど動物をかたどったものなど、一時期は10体近くありました。ほとんどが京都の骨董市で見つけたものです。また、スンコロク焼といえば、茶道具の世界でも、結構、珍重されるようです。また、タイではありませんが、ベトナムの安南焼なども茶道具の世界では珍重されています。我が家にも安南焼の抹茶茶碗があります。
 ラワン材でしょうか木彫りの仏頭があります。業者によればタイとカンボジアの国境付近で手にいれたとのことでした。いいお顔をされています。また、これはタイかどうかわかりませんが、首の部分が金属の壺があります。胴の部分には、どう形容していいかはわかりませんが、タイというか東南アジア独特の文様が描かれています。いずれも京都の骨董市で求めたものです。
 大江戸骨董市では、タイを中心にインドシナ半島の骨董を扱う業者さんがいます。話を聞くと、バンコク駐在が長く、タイをはじめとして東南アジアの骨董に魅せられて、会社を退職後、東南アジアの骨董を扱うようになったとか。うらやましいですね。アユタヤの川から出てきたという仏陀の苦行時代の顔の像が魅力的と思いました。まだ売れていないなら、是非とも我が家にお迎えしたいです。今週末は大江戸骨董市がありますので、その業者さんのところを訪ねたいものです。もう一人、この方はエンジニアとしてオランダ駐在が長く、かの地で日本の伊万里焼などに魅せられて、同じく退職後、骨董商を始められたとか。こういう経歴の骨董商の方も多いようです。それで、また、思い出したのですが、靖国の骨董市では、ブロンズの仏頭を譲ってもらいました。この方は、もと商社マンで、やはりバンコク駐在が長かったとのことでした。
 そういえば、今年の大型連休中に、こんな出会いがありました。もともと、中国の古代の青銅器は好きだったのですが、靖国の骨董市で、大きなテーブルにでも使えそうな青銅器に出会いました。業者さんに聞くと、中国の青銅器ではないかとのこと、たまたま、その場に中国系の方で、日本語の達者な方がいました。彼に言わせると、古代中国の青銅器というよりも、中国南部の少数民族の銅鼓という楽器ではないかというのです。模様を見ると、古代中国の青銅器とは違います。気にはなったものの、その日は帰りました。しかし、どうしても気になるので、中国の青銅器の本や、京都の泉屋博古館の本などで、その正体を確かめました。確かに、古代中国には楽器として使われた青銅器はあるようです。しかし、形が違います。業者さんが言っていた価格は何とかなる範囲です。そこで、翌日、さっそく、靖国の骨董市を訪ねました。大型連休とあって、2日連続で骨董市が開催されていたのです。銅鼓の業者さんの名前は聞いていませんでしたが、ほかの業者さんたちに聞いたところ、Kさんだとわかりました。Kさんはいました。銅鼓もあります。即購入しましたが、持ってかえれるようなものではありません。Kさんが運送業者を手配してくれて、翌日には我が家に届きました。状態があまりにもいいのが不思議です。また、太陽をシンボライズしたとおぼしき模様、カエルをかたどった取っ手など。あれこれ調べてみると、東南アジアおよび中国南部の銅鼓に関する論文では、ベトナムのドンソン文化を代表するもののようです。また、今でもインドシナ半島に住む少数民族の人たちは祭りの際に使用するともいいます。さらに興味深いのは、東京国立博物館には銅鼓に分類されるものが4個、収蔵されているようです。その中で、タイ王室のダムロン親王寄贈の銅鼓というのがありました。時代は15,16世紀のもののようです。どうも、それと形などや文様がよく似ているようです。私にとっては、久しぶりのタイの骨董との出会いでした。今ではインドシナ半島はベトナム、カンボジア、ラオス、タイ、ミャンマーなどの国に分かれていますが、インドシナ半島の歴史は、様々な王朝の興廃の繰り返しです。また、タイ族は、今の中国の雲南省あたりにも生活しています。上座部仏教あるいはヒンズー教を信仰し、稲作文化をメインとし、中国とインドそれぞれの文明の影響も受けています。そういうと、タイはミャンマーとは違うとか、ベトナムは違うとかお叱りを受けそうですが、文化の基層部分は同じではないかと思います。
 なかなか、東南アジアと日本との交流については、語りつくせない部分もありますが、それは、また別の機会にお話ししたいと思います。

如庵