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 「骨董亭如庵」、早くも再開です。ただし、骨董だけを話題にすると行き詰まりますので、その辺はご承知ください。ただし、茶道具関係の話は今、整理中です。いつかはお話ししますので、乞うご期待。誰も期待していないとツッコミがはいりそうですが。
 私の骨董好きは、どちらかと言えば、歴史好きからきているようです。それで思いだしましたが、司馬遼太郎さんが突然、お亡くなりになり、来年で20年目を迎えることを今日、思いだしました。
 京都に住んでいたときに、ある歴史作家の方と同席する機会がありました。京都の面白さはそういう出会いが珍しくないのです。その作家の方はその後、大成されました。そのとき、彼がしみじみと言っていたのは、「司馬さんや池波(正太郎)さんを中々、越えられなくて」ということでした。私なりに偉そうににいえば、司馬さんの小説を、高度成長時代を支えた企業戦士や会社経営者の副読本と評価するのは、浅薄な読み方であるということです。「坂の上の雲」「国盗り物語」「竜馬がゆく」などは、いわばサクセスストーリーかと思います。その一方で「燃えよ剣」「空海の風景」さらには最後の小説となった「韃靼疾風録」などはどうでしょうか。あるいは「この国のかたち」「街道をゆく」などはどうでしょうか。見事です。何度も再読していますが、新しい発見があります。
 作家も人生を重ねていくと、作風が変わってきます。私は中学生時代だったか高校生時代に、NHKの大河ドラマ「竜馬がゆく」を見ていた世代です。「明治100年」は中学生時代だったと思います。テレビで「竜馬がゆく」を見て、原作が読みたいと思いました。近所の本屋にいったら、ハードカバーの5冊本がありました。母親にねだって、小遣いを前借りして、5冊本を買いました。しかし、買ったのはいいものの、机の上に5冊の本を置いて、途方にくれました。果たして読み通せるのだろうか。小遣いを前借りしてまった自分の浅はかさを後悔しました。その時の思いは、あれから40年以上たちますが、今でも覚えています。
 ともかく、読み始めました。面白かった。とりわけ面白かったのは、「余談ながら」で始まる無駄話です。ストーリーテリングのうまさが小説の肝だというのは違うのではないでしょうか。「余談ながら」の無駄話が、司馬さんが描く小説の”時代の空気感”を伝えてくれるのです。それは私の勝手な錯覚かもしれません。司馬さんファンになった私は、片っ端から司馬さんの本を読みました。長編小説もおもしろいのですが、短編小説も見事でした。大阪ならではの、「ほんまのことをいえばなあ」的な面白さ、あるいは「人間なんて、偉そうなことゆうてても、糞して寝るだけやないか」的な面白さを感じたのです。
 もちろん、ある時期に二度とよんでやるもんかと思った時期もありました。しかし、今は何回目かの「街道をゆく」再読中です。おもろい。かめばかむほど味がでてくる。司馬さんと同時代を生きられてよかったという思いです。高校時代でしょうか、今のような個人情報の保護の概念などない時代です。某新聞で、司馬さんの東大阪の住所が出ていたので、年賀状を出した記憶があります。返礼の年賀状などを期待したのではありません。学生時代に、東大阪の町まで行った記憶もあります。ここまで行くと、ストーカーですね。
 確か司馬さんだったと思いますが、文章は思い出したところから書けと、どこかに書いていた記憶があります。

 唐突ながら、中学時代、歴史好きの父親の車に乗ってドライブがてら、那須野が原というよりも、栃木と茨城の県境にある八溝山地の一角にある、雲巌寺という古刹の禅寺に行った記憶があります。父親がなぜ、そんなところにつれていったのか、父親は25年ほど前に亡くなっていますので、聞くすべはありません。また、今はどうか知りませんが、昔は、その土地の歴史に詳しい自称・郷土史家あるいは長老めいたお年寄りがいたものです。私の母方の縁戚のおじいさんにも、その種の人がいて、休みの日には、その家に行って、その土地の歴史を聞いたりするのが好きでした。また、おじいさんが書いた論文めいたものをお土産がわりに持たされたりしました。ただし、読んでもよくわかりませんでしたが。それは私の頭が粗雑なせいか、論文めいたものが中学生には難解すぎるものだったからなのかはわかりません。ともかく、そんな環境で私は育ちました。   雲巌寺については、父親が松尾芭蕉が立ち寄った寺であると説明してくれたことは覚えています。また、背後は山で天気は快晴、青い空を背景に山の中腹にお寺の建物が立っていたことは今でも覚えています。その後も、父親の車で那須には行きました。那須国造碑や水戸黄門さんゆかりの上・下侍塚古墳などです。
 そうした那須へのドライブが、私と大関氏との出会いのきっかけを作ってくれました。
                                       (つづく)

如庵