今日は日曜日、有楽町の大江戸骨董市と靖国神社の骨董市をのぞいてきました。
大江戸骨董市は、骨董ファンなら当然、ご存知でしょうが、有楽町の東京国際フォーラムで、やっています。朝7時半ごろに行ったのですが、まだ準備中。コーヒーチェーン店でコーヒーでなく、紅茶を飲んだり、散歩したり。有楽町は東京の表玄関だからでしょうか、都道府県のアンテナショップが多いんですね。とはいえ、まだ開いていませんが。
話がそれますが、私はコーヒーも嫌いではないですが、コーヒーか紅茶か選択を迫られたら、紅茶を選びます。ブラジル音楽が好きなので、ブラジル・コーヒーというところなのでしょうが、なぜか紅茶党です。
話がそれました。時間は8時30分、そろそろ大江戸骨董市をのぞいてみましょう。大江戸骨董市は久しぶりです。規模が大きいこと、扱っている骨董も刀剣、茶道具、焼物、民芸、着物、西洋アンティーク、昭和のおもちゃ、古本などなど幅広いです。業者のみなさんも若い方からベテランまで、こちらも幅広いです。お客さんも、私のようなオヤジ世代だけでなく幅広いです。外国の方も多いですよ。それで思い出したのは、いつだったか忘れましたが、大江戸骨董市で、プラスチックの箱に入っている1個100円からの商業こけしや昭和の香りただよう観光土産を見ているタイの女の子二人組がいました。私自身は、それまでは、そうしたものには見向きもしませんでしたが、彼女たちが熱心に見ているのを見て、そうかと思いました。彼女たちはたぶん、旅行者でしょう。そんな彼女たちが日本土産としてリーズナブルな価格で、しかも荷物としてかさばらないのが、こうした商業・観光こけしなのだろうと。こうしたものは今は、買おうと思っても売っていないでしょう。でも、私の年代ですと、幼い頃の思い出として、タンスの上のガラスケースに入っていたものです。1個100円ですから10個かっても千円、言い方は悪いですが、ガラクタの山の中からどんなものが出てくるかという面白さもあります。
焼物や茶道具を扱っている業者のところで、骨董仲間のAさんに会いました。彼は日本酒好きでぐい呑みに目がありません。業者のTさんと3人で骨董談義に話はつきません。いわば実物を前に、いい年をしたおじさんが「あーでもない、こーでもない」と夢中になって話しているのは、他人には滑稽にうつることでしょう。Aさん、気にいったぐい呑みをさっそくお買い上げです。手付金を払っていました。残金はTさんの口座に振り込むようですが、「また、借金ができちゃったよ。この前、買ったのの残金もあるのになあ」とボヤキながらも、気にいったぐい呑みを手にうれしそうです。私は、高名なお茶の家元の手びねりの茶碗や織部の焼物などが気になりましたが、お値段を聞くのも怖くて、見るだけにしました。Aさん、さっそく今夜は、このぐい呑みで、お酒を楽しみながら、育てていくのでしょう。Aさん、映画「男はつらよ」のタコ社長にちょっと似ています。ぐい呑みや抹茶茶碗は使ってあげないとかわいそうです。そうすることで、焼物の風景が変わってくることを、「育てる」と言います。私は、まだそこまでの能力はありませんが。そうこうするうちにAさんの骨董仲間のMさんがやってきました。私は初対面です。Aさんが私のことを紹介してくれました。骨董を介して、こうした人間関係ができていくのも、骨董だけとはいいませんが、趣味仲間は、利害関係抜きでいいものです。いやならいやで済みますし。私はどちらかといえば、団体行動は苦手ですが、知らない人と話しをするのは好きという矛盾した性格です。
大江戸のあとは靖国神社の骨董市へ行ってみました。靖国神社のほうが、我が家から近いせいもあり、大江戸はアウェイな感じですが、こちらははホームの感覚です。多少の雨でも開催するという、その心意気も好きです。
ここでも、ある業者さんのところで長話になりました。南宋の青磁がありました。それこそ、室町将軍家の唐物尽くしの茶会にでも出てきそうな逸品です。この業者さん、名前はまだ聞いていないのですが、いつもすごいものを置いています。値段はつけません。ほとんど道楽でやっているような感じですが、話が面白いので、いつも立ち寄って、本物を前に耳学問させてもらっています。青磁の話をしていたら、丸メガネの体も丸い女の子がやってきました。愛嬌のある感じです。話を聞くと北京出身で、今は日本国籍の方です。最初はこの業者さんの奥さんかと思い、そう聞くと、笑い転げていました。この業者さんのファンの方のようです。ここでも、3人であれこれと長話してしまいました。
結果的に、今日はお話ばかりで、何も買いませんでした。でも、骨董を介しての無駄話を堪能しました。骨董はコレクションするだけでなく、こうした骨董を介して人間関係をつないでくれるという面白い側面もあります。といういうと大袈裟ですが、「あなたも好きね~」ということがお互いわかるというか、骨董病患者同士「同病相哀れむ」というべき。
ジョアン・ドナートの音楽を聴きながらのサンデーナイト、如庵