実は昨日の夜、大作のブログが消えてしまったんです。
少しだけ思い出して、アップします。
皆様。「今年は色々ありましたね」
まず1月は数字が絶好調で、気分も気楽でした。
みんなと伊豆に旅行に行き、「フェネックがやばかったな」
そのころから、契約内容の確認が始まっていたな。
「やりにくい業界になってきたな」
京都からのスケットが、変な動きをしていたな。
そのまま退職をしていった・・・。
春先になると、募集文書が厳しくなり、どんどんやりづらくなった。
このころから、アスレタがこちらの世界に来たいのをアピールしだしていた。
小職が代理店の役員になる話も、このあたりで出てきたものだった。
このころ、通称:鎌倉の受け入れさきについて、
通称:ボスザルと一戦交えて戦ったことを覚えているが、
精神的に外堀を埋められていき、かなりギリギリの精神状態に追い込まれた。
GWになるとセミとフェネックにサーフィンを教えだしたな。
そのころから、「うちくる?」が毎週展開されている。
大したものだ。
夏にはフェネックがOD賞に入賞。
内心、涙ものだった。
みんなで伊豆に行く機会が多く、チーム員で行った伊豆旅行は、最高だった。
今年の夏は、いろんなところで潜りまくっていた。サーフィンも満喫していた。
そのあと小職はサーフィンで頭を6針縫う大けがをした
怪我の1週間後に彼女とセミとフェネックの3人と
伊豆カヤック旅行に行けたのは奇跡だった。
今思えば、あの時のメンバーは、運命的なものがあるのだろう。
今後も大切にしていきたい
それから毎年恒例のキャンペーンに突入。
父のガンもこのころに発覚し、小職は恩返ししたい気持ちにかられ
「小職も人生を焦っていたのかな?」
そしてGショックがおきて、雇用や将来の不安にも襲われた。
それを乗り越えて獲得した職人と二人三脚での大口契約は、爽快であった。
さらに、小職が役員になる会社は、通称:カマキリに乗っ取られ、
仲間を守るために小職は、困難な道を選択した。
いろんな輩からの攻撃は絶えなかったが、今、思い返してみると、
大した攻撃でもなかったような気がする。
しかし、当時の小職は人間不信に陥っており、
精神的なピンチが続いた。
セミの大口契約が落ちたことにもショックを覚えたが、
背中を見せなければならない。
つぎの一歩を支援する立場を貫くことで、自分を落ち着かせていた。
キャンペーンはみんなの頑張りがあり、まあまあの成績に終わった。
そのころ、小職の給料形態や立場が変わることがはっきりとして来た。
給料が下がり、企業内独立ではなく、正社員に近い存在になるらしい。
モチベーションが落ち始め、過去の苦労の無意味さに打ちのめされそうになっていた。
更に代理店手数料の改定があり、
今後の波乱と、一層の努力が必要な現実に直面し、自分の方向性にすら、
なかなか自信がもてない時期が続いた。
ボスザルとの関係は多少修復され、今後はまた2戦目があることだろう。
もう、攻略法は見えてきた。落ち着いて戦略を練るとしよう♪
今年は市場も業界も会社も将来性も家族も、ピンチを迎えた。
来年もいったい何が起こるかわからない。
一人では勝ち抜けない時代が明確化してきたことを、
認識せざるおえない。
その中でも特に父のガンは衝撃的だった。
無事に帰って来てくれて、本当にうれしい♪
父の生還が、将来に希望の光を与えてくれた。
今の小職は、将来のビジョンが次から次へと出てくる。
彼女とセミとフェネック。
あのカヤック旅行の仲間たちが、小職を支えてくれているおかげで、
小職の良いところが出始めている。
来年は、夢の実現に一歩近づく。期待が持てる年になるだろう
実現知るためには新しい仲間が必要だが、
今はひとりひとりの役目を果たし、協力し合って進んで行くのが得策であろう。
1月からの小職は例年以上に多方面への活躍が必要となるだろう。
望むところだ
少しだけ思い出して、アップします。
皆様。「今年は色々ありましたね」
まず1月は数字が絶好調で、気分も気楽でした。
みんなと伊豆に旅行に行き、「フェネックがやばかったな」
そのころから、契約内容の確認が始まっていたな。
「やりにくい業界になってきたな」
京都からのスケットが、変な動きをしていたな。
そのまま退職をしていった・・・。
春先になると、募集文書が厳しくなり、どんどんやりづらくなった。
このころから、アスレタがこちらの世界に来たいのをアピールしだしていた。
小職が代理店の役員になる話も、このあたりで出てきたものだった。
このころ、通称:鎌倉の受け入れさきについて、
通称:ボスザルと一戦交えて戦ったことを覚えているが、
精神的に外堀を埋められていき、かなりギリギリの精神状態に追い込まれた。
GWになるとセミとフェネックにサーフィンを教えだしたな。
そのころから、「うちくる?」が毎週展開されている。
大したものだ。
夏にはフェネックがOD賞に入賞。
内心、涙ものだった。
みんなで伊豆に行く機会が多く、チーム員で行った伊豆旅行は、最高だった。
今年の夏は、いろんなところで潜りまくっていた。サーフィンも満喫していた。
そのあと小職はサーフィンで頭を6針縫う大けがをした

怪我の1週間後に彼女とセミとフェネックの3人と
伊豆カヤック旅行に行けたのは奇跡だった。
今思えば、あの時のメンバーは、運命的なものがあるのだろう。
今後も大切にしていきたい

それから毎年恒例のキャンペーンに突入。
父のガンもこのころに発覚し、小職は恩返ししたい気持ちにかられ
「小職も人生を焦っていたのかな?」
そしてGショックがおきて、雇用や将来の不安にも襲われた。
それを乗り越えて獲得した職人と二人三脚での大口契約は、爽快であった。
さらに、小職が役員になる会社は、通称:カマキリに乗っ取られ、
仲間を守るために小職は、困難な道を選択した。
いろんな輩からの攻撃は絶えなかったが、今、思い返してみると、
大した攻撃でもなかったような気がする。
しかし、当時の小職は人間不信に陥っており、
精神的なピンチが続いた。
セミの大口契約が落ちたことにもショックを覚えたが、
背中を見せなければならない。
つぎの一歩を支援する立場を貫くことで、自分を落ち着かせていた。
キャンペーンはみんなの頑張りがあり、まあまあの成績に終わった。
そのころ、小職の給料形態や立場が変わることがはっきりとして来た。
給料が下がり、企業内独立ではなく、正社員に近い存在になるらしい。
モチベーションが落ち始め、過去の苦労の無意味さに打ちのめされそうになっていた。
更に代理店手数料の改定があり、
今後の波乱と、一層の努力が必要な現実に直面し、自分の方向性にすら、
なかなか自信がもてない時期が続いた。
ボスザルとの関係は多少修復され、今後はまた2戦目があることだろう。
もう、攻略法は見えてきた。落ち着いて戦略を練るとしよう♪
今年は市場も業界も会社も将来性も家族も、ピンチを迎えた。
来年もいったい何が起こるかわからない。
一人では勝ち抜けない時代が明確化してきたことを、
認識せざるおえない。
その中でも特に父のガンは衝撃的だった。
無事に帰って来てくれて、本当にうれしい♪
父の生還が、将来に希望の光を与えてくれた。
今の小職は、将来のビジョンが次から次へと出てくる。
彼女とセミとフェネック。
あのカヤック旅行の仲間たちが、小職を支えてくれているおかげで、
小職の良いところが出始めている。
来年は、夢の実現に一歩近づく。期待が持てる年になるだろう

実現知るためには新しい仲間が必要だが、
今はひとりひとりの役目を果たし、協力し合って進んで行くのが得策であろう。
1月からの小職は例年以上に多方面への活躍が必要となるだろう。
望むところだ











