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hima日記

9歳児Ayumuと2歳児Natsukiの成長となにげない日常を記録します♪

今日、Ayumuは4歳になります。

Ayumuが生まれて4年。
あの時の今頃、陣痛でうなってたなぁ。
お風呂に入っているときAyumuに生まれた時のこと覚えてる??って聞いたら

『服を破ろうとしたけど破れなくて小さくなって、骨がいっぱいあって伸びて
2歳になってもっと伸びて4歳になるの!?』と途中からお腹の中の話からずれてしまいましたが
ちょっと合っているような気がしてビックリしました。

そう、あの時、陣痛がくるものの破水せず助産師さんが破水させてくれたような気がします。
(もうろうとしていたので確かではないですが。。)

Ayumuにとっては服を破る感覚が残っていたのかなぁと。

本当に覚えているのかは分かりませんが、不思議な感じがしました。

Ayumuは今日の誕生日をとっても楽しみにしていました。
この一週間、カレンダーを見ては今日は何日??と
毎日毎日聞いてきて、今日の次は何日??と自分の誕生日!26という数字を言われるまで
聞き続けます。
そして、26日は誕生日だねビックリマークというとニヤっとして『ボクの誕生日だよね。楽しみだねぇ』と
誕生日プレゼントは1ヵ月前から準備していた銀座線プラレール。
お店でリボンをつけてもらい
『本当のお誕生日に開けるんだよねビックリマーク』とずーーーっと我慢していました。
今日の夜、リボンを外してプレゼントをあける時、どんな顔をするんだろう。
楽しみ。


3歳最後の日 25日
大好きなお友達と遊んできました。
久しぶりのお外!!とっても楽しかったみたい。
3人のポーズかっこいいでしょ。






こっちは震災の影響もありながらも普段の生活をしています。
被災地は大変なのにと思いながらもこうして、Ayumuが元気に居てくれることに感謝したり
お友達と楽しく遊べる環境に感謝したり。
被災地の復興は、まだまだ時間がかかると思うけど笑顔が増えれば、
日本中が元気になれるんじゃないかなと思います。








ヤマト宅急便が無事だった石巻河南センター留めで荷物の配達を開始したというので
実家に避難している親戚の服や、少しですが食料を23日に送りました。
東京も食料パニックになっていましたが少し落ち着いて商品が並ぶようになってきたので
いつもより多く買い物をして石巻に送ることにしました。

7~10日かかると言われていたのに送った次の日に届いたと連絡がありました。
あまりの速さにビックリです。
ヤマトさんありがとう!
服も入れていたので食料を多く入れられず、みんなに回せなくて本当にごめんなさい。

必要なものがあれば送るので連絡ください。


写真は石巻の日和山からだと思います。
兄が送ってくれた画像をみて言葉を失いました。

地震があった日、お母は市立病院に診察に行ってました
その日は、いつもよりも早く診察が出来てお昼には家に戻れたと。
津波は市立病院の4階まで来たと聞きました。
数時間前まで、この場所に居たお母。
少しでも遅れていたら、車で走っていたらと想像するとすごく怖いです。

うちの家族、親戚は幸運な事にみな無事でした。
友達も津波に流されながらも無事で生きていました。
生きてみんなに会う事ができる。
本当によかったです。
早く、みんなの無事な姿をこの目で会って確かめたいです。
みんなで会えることを楽しみに、そして信じてます。


石巻の街は船が流れ着いたり、瓦礫や泥でいっぱいの状態のようです。
みんなで買い物したり、お酒を覚えてみんなで繰り出した石巻の街の姿は今ありません。

でも、必ず復興すると信じています。

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地震後、友人の旦那様の実家、岩手県大槌町の避難所へ行き
メッセージを預かってきたそうです。

コチラ をご覧ください。

まだまだ連絡が取れていなかい方がたくさん居るとおもます。
友人が少しでも多くの方たちにメッセージが届きますようにとメッセージを
預かってきました。
このメッセージがちゃんと必要としている方々に届きますように。





この避難者名簿から戸羽のお母さんの避難場所が確認でました。

戸羽には報告済み

Google Japan ウェブアルバム

避難所で名簿の写真を撮影しその写真をまとめて掲載しているサイトです。
上をクリックしてもらえば下にまとめた名簿のところに行きます。

一応、掲載されていたファイル別にまとめてみました。
見落として抜けている避難所などあるかもしれません
みんなの親戚がどこに居るのか分からないのでとりあえず
県別に分けてみました。
抜けていたり、間違っていたら本当ごめんなさい。

2011_03_15_0700_name_list
ドロップ ボックス
2011_03_14_1300_name_list

④2011_03_14_1900_name_list
2011_03_14_2330_name_list
⑥2011_03_15_1400_name_list
宮城
①河南中・塩釜市 北浜保育園の一部・不動町・南三陸町入谷小・住吉中・鹿妻小
②多賀城市文化センター・東松島市矢本・不動町第一・石巻市市民会館隣 朋友館・北上川下流河川事務所
石巻市湊小
③渡波小・ホテル望洋(気仙沼)・宮城県仙台市宮城野中・
⑤石巻市河北総合センタービックバン・専修大・東北工業大(八木山)・女川町第一保育所・河南中
気仙沼市唐桑町小原木中・南三陸町入谷小・女川町立病院
⑥東北学院大・鹿妻小・宮城県城水産高・渡波小 気仙沼市立病院・岩沼小

岩手

①大槌町・山田町・
②陸前高田町・宮古市田老・大船渡市・宮古第2中・浄土ヶ浜パークホテル
③宮古市立愛小・陸前高田第一中
⑤山田町・大槌町
⑥大槌町・
福島県
①いわき市汐見が丘小学・
③南相馬市・福島市蓬莱小学校
⑤三春・福島県いわき市勿来公民館・いわき市磐城農業高校・いわき市汐見が丘小学・
⑥福島高
ごめんなさい。県が分かりませんでした。
①磯鶏小学校
ななえのブログにもありましたが、由美と今野、アゴに遠藤が無事だったと聞きました。


今日、東松島市に住んでいるおばあちゃんたちが救助されたと従姉から連絡がありました。
野蒜の被害が大きかったのですが、漁協に避難をしていて無事でした。

たぶん孤立していたところを自衛隊に救助してもらったようです。
全国から救援に来ている自衛隊の方も危険なところに入り生存者を一生懸命探してくれていることに
心から感謝します。
そして、まだまだ助けを求めている被災者の方々を一人でも多く助け出してもらえること祈ります。

諦めない。必ず助かる必ず会えると強い気持ちでいることの大事さ
少しの希望も捨ててはいけないと
本当に思いました

実家のみんなも無事です。
全国各地から救援に来きてくれる自衛隊の車を見て涙が出そうになったと言っていました。

会いにいけないのがとても苦しいけどなんとか頑張ってください。

今、被災地は電気もなく水道も止まっているようです。


地元を離れた人たちは、電話もつながらないのでニュースでしか安否を確認する方法がない
テレビは地震の威力を伝えることも必要だとは思いますが
出来るだけ多くの避難所を映し、生存者リストを公開、避難所にいる人を映してもらえたら
そこから安否を確認することが出来ます。
各テレビ局が協力して同じところに集まるのではなく、もう少しバラバラに動いて欲しいと
思いました。

現地で救助に当たっているすべての方々に感謝します。

どうかみんなが無事であることを祈っています。


そして、すとろん一家の家に身を寄せさせてもらって本当にありがとう。
ななえもすとろんも居て本当に心強かった。
Ayumuと二人だけだったら耐えられ無かったと思う。
すとろんの家族がみな無事であることを祈ります。

関東もちょっとしたパニックになっていてお店から食料、ガソリン、何もかも無くなって
なんだか異様な感じがします。でもこれが現実。
私も電池とか買いに夜中にお店に行ってきました。
何もない店内に唖然としましたが、使えそうなものを買ってきました。
この状況がいつまで続くのか分かりませんが
変にパニックになりませんように。