色んなお宅にお邪魔することが多い

今のお仕事。


しかも結構お宅に入り込むので

色んなことを感じるのですが・・・。


人間は

アダムとイヴから

始まり・・・

長い長い歴史を経て今。

多くの家庭ができて

その家庭の事情は

本当に様々で


めちゃめちゃお金を持っているのに

認知症になってしまい

そのお金を使いこなせない人もいれば


日々の生活に困り

爪に火を燈して生活していたりと。


お金はそこそこあるのに

一度も掃除機をかけていないだろうなぁという

お宅も結構あったりしますし。


このような状態を垣間見ていると

決してお金もちだから

幸せとは思えないのですが・・・。


でも

お金を持っていない人達は

本当に大変な生活をされています。

本当に豊かな国、ニッポンはたか?と

疑いたくなるくらい。


例えば、生活保護を受けていらっしゃる方でも

様々です。


一方はめちゃめちゃ節制して暮らしていらっしゃるし


一方は、日常的な生活も

全く掃除をせず

ゴミ屋敷化していたり・・・

それも高齢なので

仕方ない部分も沢山あり。


後者の方には

やはり色々と手もかかり

色々としてあげたくもなって

随分色々とサポートしてきたのですが


結局、直ぐに

ゴミ屋敷化してしまう様子が続くにつれ

ふと思いました。


この状態は

ご本人たちが

潜在意識或いは魂の深い部分で

選んできていること

なのかもしれないということをグリーン


サポートって凄く難しいと感じました。


やさしさと映ることが

実はおせっかいなのではないかと

思うようになりました。


サポートしすぎることは

決して

その人たちのためにはならないのかもしれないと。


今の状態になるまでには

その人たちが抱えて来ている

人生の課題があるのだと思うのです。

これを安易に私が

立ち入りすぎる事は

どないなもんかと・・・人差し指


私は根っからの

お節介野郎なので

やりすぎてしまうことが

あります。


自分の感覚で勝手に

こうなれば

この人達は

幸せなんじゃないか?って思って

生活を整えていくことを

しがちです。


でもそれは

普通に「お節介」なのかもしれません。


幸せの基準なんて

人それぞれ。


私が抱く幸せに近づける必要は

全くないのではないかと

思い始めています。

それは、冷たくなると言う意味ではなく。


個々の人生を敬うと言う意味でキラキラ


ある90歳代のおばぁさんに

出会ったのは1年以上前になります。

お会いした時には

恐らく栄養失調だったと思います。

食べるものも食べられていなかったし

劣悪な環境の中で生活を

されていました。


その時、かわいそうと

思ってしまったんですね、私は。


そして、私たちが介入し始めて

数か月で

そのおばぁさんは

栄養失調の状態からは

抜け出せました。


でも

生きていくことになったそのおばぁさんは

新しい精神的な苦悩と闘うことに

なってしまったのかもしれません。


「もう私なんて

死んでしまえばいいのに」と

何度か仰いました。


もう少しで

お迎えが来ていたかもしれないのに・・・。


同じようなおばぁさんに

少し前に出逢いました。


病院に行ったら

病気が改善されて

また元の生活に戻ることができた!


嬉しいことのはずなのに

おばぁさんは苦しいのですシャボン玉


高齢化のこの世の中・・・。

サポートしすぎる事で

沢山のひとたちを

辛くしてしまっているのかもしれないですね。


サポートした先に

希望や光が見えたら

それは

サポートしても良かったのかもしれません。


なんだか

ヒーリングと似ているなと思いましたしあわせの芽


勝手に

ヒーリングをしても

それを望まない魂もあるかもしれないし

或いは、ヒーリングをしてしまうことで

その人の人生の学びを

奪ってしまうこともあるのだということに

似ているような気がします。


毎日

たらたらと

働いているようで

たまには

こんなことも

考えながら

お仕事しておりますのニコちゃん