今日は、本来ならギボが行くべき認知外来の通院です。
コロナだし、お薬もらいに行くだけだし、と、
ギボをデイサービスに送り出し、代理で、嫁私が参りました。
朝、デイに行く前。
今日は朝ごはんも早く食べ、用意ができてしまい、お迎えを30分くらい待つことに。
『首元に何か必要では?マフラーは?』
『持って行ってなくなるのもなんだし、車に乗っていくだけだからいらないよー』
『そうさねー』
納得したと思いきや、
『マフラーみたいなのなかったっけ』
『車に乗っていくからいらないよー』
『そうさねー』
なんと、30分の間に、7回もこの問答を繰り返したんです。
2回目くらいに、片付けておいたマフラーを、出してあげればよかったんですがね。
タンスにしまってしまっていたので、わたしも、別にいいでしょうと思ってね。
ふぅ。
お気に入りのマフラーは長くて、もたもたするんですよ。
どこかに引っかかって首が締まるもなーと言う懸念もあります。
『いらないよー』
『そうさねー』
この問答を繰り返している方が、安心っちゃあ安心。
失くすことも、首が締まることもない、よね。
代理通院して、認知外来の先生には、
お鍋を焦がしたことやら、今日の問答やら、その他、泣きそうなかおになりながら、訴えてしまいました。
「いろいろな検査のデータからわかるように、
【記憶しないんだから】そういうものだと思って」と。
「その上で、この先どうしていくか、家族でよく相談して」と。
ふぅ。
介護度3にならないと、特養は申し込めない、
有料の施設は、今の身体の元気さを見ていると、仮に100歳まで生きたとしたら、資金面でもつかどうかわからず、怖くて申し込めない。
でも、先生がおっしやるには、
「介護度3になったからといって、待っている人がたくさんいるから、すぐ特養に入れるわけではないよ」とも。
結局は、オカネでしょう。
悩み悩みます。
そして、1番大変に思ってるのは日々対応している、わたしなんですよね。
やっぱり。
同じ家族でも、関わり度が違います。
日に数時間、ループ話に付き合うだけの人と、生活全てを見ている人とでは、負担が違いすぎる
。
疲れます。