潤side
  

  
翔くんが女の人とキスをした。



………仕事で、だけど。

それでもショックは隠せない。
動悸が半端ない。
苦しくて、悲しくて、一人で泣いた。



きっと僕もこの仕事をしていればいずれあることで、それを避けることはできないだろう。
仕事だと割り切ってしまえばいい。
そう思えばなんてことない。
あの時の翔くんみたいに…。


「あ…」

「どした?」

出来上がってきた台本に目を通せば…

「……ある…」

「あるって?」

「………どうしよ…」

「何がだよ。」

「…え?」

声に出ていたことにも気づかず、僕の言葉に翔くんが反応を示す。

「ううん、なんでもない…。」

「何でもなくない反応だぞ、今のは。
どうした?そのドラマ、なんかあんのか?」

わかりやすく台本を持つ手が微かに震えてる。
それを見ての盛大な独り言。
誤魔化せるはずも無い。


「ホント、なんでもなくて…
ただ、少し、驚いて。
次のシーンでね、キスシーンがあるみたいなんだ。」

「そうなんだ…
お前、初めてだっけ?」

「うん、、予想はしてたんだけど、とうとう来たかって感じで。」

「ま、何とかやるしかねぇよ。
仕事なんだし。」

「……うん、仕事…だもんね。」

周りに人に見られながらキスをするってどんな気持ち?
バッチリと唇をくっつけなきゃならないんだよね?
若手の女優さんだって堂々とやれてることだ。
男の僕が初めてのことだからってビビってどうする、これは仕事なんだぞ。

わかってはいる…。

だけど…
『ハジメテは好きな人とがいい』
なんて乙女な思考が僕の頭の中を掠めた。


「しょおくん、あのね…」

言ってはいけない。
わかってる…。

「どうしたらいいか、わからないんだ…。」

「なにが?」

「…キスの、しかた…」

「えぇ?漫画とかドラマで見たことあんだろ。
イマドキ小学生でさえ…」

「したことないもん…。わかんない。」

わかってる。知ってる。
見たから、翔くんのキスシーン。
覚えてる、鮮明に。
忘れたいような、忘れたくないような。
翔くんのキスの仕草…忘れられない。


「じゃ、先輩の恋愛ドラマでも観て勉強でもする…」

「………して」

「え?」

「翔くんが、僕に、して…。
翔くんが、教えて…?」

僕の言葉に翔くんが固まる。
馬鹿なこと言うなって笑う?
ふざけたこと言ってんなって怒る?

近い距離、見つめ合うふたり。
キスシーンにはうってつけなシチュエーションだ。



「そ、そういうのはさ…、本当に好きな人とした方がいいんじゃないかな…。」

どこかで聞いたことのあるようなありがちな返答。

「翔くんも…同じ…なんだ…。」

幻滅。失望。ガッカリ。
翔くんに…自分に…。

女とはできても男とはできない?
でも仕事だったらできる?
意味の無い期待。
僕とは例え仕事でもあるわけない。
そんな可能性はゼロだ。

「同じって…?」

「も…、いい…。」

泣きそう。

「じゃあ、、また。」

一刻も早くこの場から立ち去りたい。
言わなきゃよかった。



「おい!」

逃げようとすれば捕まえてくる。
なんなの?
一度は突き放しといて。

「離して!!」

抵抗は虚しく。
力でも翔くんには敵わない。

込み上げてくる感情はもう制御不能。
涙が落ちて、見られたくもない顔を見られた。


「お前…、本気で…?俺と?」

「本気だったら?してくれるの?」

近い距離。さっきよりずっと近い。


「僕にはキスするほどのそんな魅力ないもんね…、わかってる。
でも女のコなら?可愛い女のコならするんでしょう?」

「ハァっ…、お前って奴は、マジで…」

溜息と一瞬逸らされた視線、横顔。
呆れた?面倒?
嫌になる?

「後悔すんなよ。」

すぐさま向き直ると発せられた言葉。

「……え?」

「もう引き返せねぇからな。」

「して…くれるの?」

「言っとくけど!!」

翔くんの目、力強くて綺麗だ…。

近い距離。もうすぐ、そこに。


「俺、好きな奴とじゃなきゃ、こんな事しねぇから…。
だから、、目…閉じて。」

覚えてる。
僕の頬に触れる翔くんの優しい手のひらと肩に置かれたもう片方の力強い手。
ゆっくりと傾いてくる翔くんの顔、唇。

最後の最後まで見ていたかったけど…。
視覚を奪われた方がずっと翔くんを感じれた。



「ドラマ、頑張れ。
わかんなくなったら、また言え。」

「いいの?」

「何度も聞くな。
お前だけだ。お前じゃなきゃ…しねぇ。」

強い口調とはうらはらに、翔くんは照れたように鼻をすすった。




―――




「なぁ〜、またラブシーンかよ。
もう何作目?」

「そんなの数えてないからわかんないよ。」

「いくら嵐唯一のラブコンテンツだからって、いい加減こちらのメンタル崩壊なんだが。」

「ただの仕事だって…。」

翔くんだって何気に抱擁やキスシーンあったじゃん。
リアルな翔くんもあんな顔して俺にキスしてるのかってヤキモキしてるのはこちらも同じ。


「もう練習はしなくていいのか?」

グッと腕を掴んで引き寄せられるその先には…
近い距離。綺麗な目。


「目ぇ、閉じろ。」

強引で命令形。
翔くんからの支配感にゾクッとする。
俺ってドM。

「閉じなくたってするくせに…。」

「うるさい、もう黙れよ。」

「…ん…っ…、ん、」

覆い被さるような深いキスを受け止める。
俺は自然と目を閉じた。
クラクラするような激しいキスをするようになるなんて成長したね、お互いに。

でもね、
こんなの練習になんないよ。
俺の役、ドSキャラだもん…。




おわり





【別アカより再掲載】