翔side
松本くんが電車から降りていって、その姿を見送る。
相変わらず俺の乗った電車が離れていくのをずっとそこで見送ってくれていて…
一秒でも長くその顔を見ることができて、朝から俺はご機嫌だ。
あれをこれから毎朝見て通勤できると思うと一日仕事頑張れちゃうよなぁ…。
目の保養…なんて言い方は失礼かもしれないけど、完全に眼福!!
あ、言い方変えただけで同じ意味だな。
ほんっとに朝から気分がいい!気持ちがいい!
でもさ…、、大学に行けばそこにいる奴ら、毎日あの松本くんを見れるんだよな…。
友達の、ニノ…だっけ?
男なのに松本くんに向けて可愛いって言ったんだろ?
まさか俺と同じ意味で可愛いと言ったのか?
そうだとしたら、そいつは俺よりも近い距離にいて、更には俺みたいに朝だけじゃなく毎日長い時間大学で一緒に過ごしてるんだろ?
「許せん…、そんなの。」
わかってる。
そんなこと言ったって、第一まだ彼はフリーだ。
付き合ってる人がいないというだけで、もしかしたら好きな人がいるかも…?
でもこれまでの反応からして俺でないとも言いきれない。
望みはあるはずだ。
まぁ…
「要注意人物…か。」
「何ひとりでごちゃごちゃ言ってんだ?」
「う、わぁぁ!三宅先輩!?」
いつの間にか真後ろに三宅先輩が立っていて、俺は心底驚いた。
頭ん中、松本くんのことでいっぱいだったから気づかなかった!
「元気じゃん。」
「元気ですよ、普通に。」
「誰か見えない相手と喋ってんのかと思ったじゃん。」
「そんな訳ないじゃないですか。」
「冗談だよ、冗談。
冗談くらい通じてくれよ。
お堅いのは職業柄だけにしてくれ。」
「三宅先輩は全然銀行員らしくないですからね。」
「営業スマイルというめちゃくちゃ強い武器だけあればなんとかなるもんだ。」
「さすがです。見習います。」
「だからさぁ、口調が堅いんだよ〜。」
「三宅先輩が軽いんですって。」
「コラっ!お前、言ってくれんじゃねーか!」
「ちょっ…、髪、崩れるっ!」
そんな先輩が実は羨ましい。
本人も認めているようにその笑顔と愛嬌の良さから取引先からの評判はすこぶるいいし、営業トークも抜群で成績も銀行内で若くしてトップクラス。
銀行員じゃなくてホストなんじゃないかってくらいにおばさまからも超人気だし…。
「いいなぁ…先輩…。」
これだけ自分に自信が持てる何かがあれば、俺だって松本くんにもっと積極的にいけそうなもんなのに…。
知らない友達に嫉妬なんてしてないでさ…。
社会に出てるからっていきなり心の広さまでは大人にはなれないんだよね。
┄┄┄┄
「こんにちはー、山風銀行の櫻井です。
社長、いらっしゃいますか?」
「はい…、少々お待ち…」
「あ!櫻井くん!こっちこっち!」
俺を見つけた取引先の社長がデスクから手招きをしてる。
「ちょっと確認してくれないか?」
「はい、失礼しますね。」
今月の給与振込のデータを預かりに来たのだけど、いつも管理している奥さんが入院中で代わりに社長がデータを作った。
奥さんからは間違いがないか心配だから必ず確認してくれと入院先からも連絡をもらってしまい、責任重大だ。
「振込先、口座番号、従業員氏名…、
きちんと全部漏れなく入力されていますし、大丈夫ですよ。」
「櫻井くんが来てくれて助かったよ〜。」
「いえ、僕は最終チェックしたまでです。
頑張られたのは社長ですから、奥様にもそうお伝えしておきます。」
「ほんとに君はデキる男だな!」
「できないですよ~、全然です。
いつも社長や奥様にはお世話になりっぱなしで…」
俺が外回りの営業担当になって最初に来た会社がここで、営業なんて経験のなかった俺だからたくさん迷惑も掛けたんだろうけど、一切怒ることもなく俺を育ててくれたと言っても過言ではない。
「前から言ってるけど、君にはうちに婿に来て欲しいなぁ~。」
「いやいや、社長。またご冗談を…。」
「だから冗談じゃなくてさ、
うちの娘も今年大学卒業でここの跡を継いでもらうつもりで就職してもらうし。
俺も君にならうちの会社を任せられるし!」
「…え、いや、でも…」
社長、マジで言ってんの!?
てか、無理無理!
いくら育ての社長の頼みでもそれは無理!!
てか、娘さんの存在とか今知ったし!
そうじゃなくても俺は…
俺には……
「社長、すみません…。
僕には心に決めた人がいるんです。」
まだ付き合ってもない、告白すらまだだし、
デートのお誘いだってこれからだし。
うまくいくかすらわかんないけど…。
「櫻井くん、恋人いたんだ…。
残念だなぁ…。」
「なんか、すみません…。」
恋人でもないんですけど…。
「君みたいな人に想われる方はきっと素敵な人なんだろうね。」
「…はい、とても…。」
実はまだ知り合って間もないから、そこまで彼のことを知ってるわけじゃないんですけどね…。
それでも俺はもう彼以外考えられなくなっているんです。
支店への帰り道、松本くんのアイコンを眺めた。
大好きだというモンブランのケーキ。
もうこれだけで松本くんの可愛さが溢れてる。
「よしっ!」
俺は決意を固め、定時に仕事があがれるよう午後の業務を必死にこなした。