潤side
薄暗いステージにぼんやりとセットが浮かび上がる。
そのステージの中央に向かって僕はゆっくりと歩きだした。
衣装担当のみんなが一生懸命に作ってくれたドレスは歩く度に裾がふんわりと揺れる。
歩きやすいように…でも足元が見えてしまわないようにちゃんと計算してくれてある。
遅れてきた僕にメイクをする女の子達は「松本くん、時間もないことだしこのままで十分イケる気もするんだけど…」なんてとんでもないことを言う。
いやいや、ノーメイクはまんま僕の顔だよ?
女装は女装だけど、完全に男の顔のままはさすがにマズいでしょ。
「まんまはちょっと…」
「んー…、じゃあ軽くね、軽く!」
大丈夫かなぁってくらいに気持ち程度に顔をパタパタされて、口紅をひかれた。
それも色の濃くないピンクリップにグロスを重ねただけのもの。
「松本くんの厚めでぽってりとした唇を最大限に生かすようにぷるっぷるにしておいたからね♪」
「あ、ありがとう…」
そんなやり取りをステージに上がる直前にしていた。
そのくらい時間はギリギリだった。
だから僕は鏡を見て確認する暇もなく、ステージに上がることになったんだ。
パッとステージ上が明るくなると、ザワッと会場がどよめく声が所々から聞こえてきた。
最初のセリフ…と息をスっと吸い込んだとこだったから、え?と思って吸った息を飲み込むと、
思わず会場を見渡してしまう。
「ねぇ、あれ男?」
「あんな子いたっけ?」
「誰、あの人…。」
「ドレス可愛いし、似合いすぎ!」
あんまり聞き取れないけど、みんな、なんか言ってない?
僕の格好、やっぱりおかしいのかな…。
ちゃんと鏡で見ておくんだった!
「……っ、」
え、と…、最初なんだっけ?
思わぬ反応に一瞬セリフが飛ぶ。
だけど…
幕の裏に櫻井くんの姿が見えて、
『大丈夫だ。』
読唇術なんてやったことないのに、何度となく櫻井くんに言われてきた「大丈夫」という言葉は口の動きを見るだけでわかった。
ふっと降りてきたセリフは声に出したら、そのまま思い出したようにスルスルと言葉になっていく。
たくさん練習した甲斐があった。
ギャラリーがいようがいまいがその話す内容は変わらない。
僕は練習通りという櫻井くんの言葉を思い出して、なんとか序盤を乗り切り、前半のラスト…毒リンゴを受け取ってそれを食べ、眠りに落ちた。
┈┈┈┈
セットのベッドに横たわって目を閉じているだけ。
明るいけどライトのほのかな温かさを感じていると、本当に眠ってしまいそうになってしまう。
周りから聞こえる人の声、セリフのやり取りも妙な安心感があって…
でも一番よく届いてくるのは櫻井くんの声。
少し低くて心地良い…、耳元で囁かれたりしたら絶対に倒れちゃうやつ。
あ、そうだ。
キスシーンの段取り準備しておかないと…。
鼻先を触れるだけのキスシーンはそのままだと客席からは丸見えでしてるフリだとバレてしまう。
そこはリアリティを追求して本当にしているように見せなければならない。
なんといってもこの白雪姫における最大の見せ場。
うちのクラスが優勝できるかは多分このシーンにかかってる。
とはいえ、櫻井くんが王子様で登場した時の女の子の歓声はすごかった…。
それだけでもかなりの女性票は集まりそうな気もするけど、念には念をってことかな。
やるなら優勝を狙いたい。
僕らのクラスの団結力はどこのクラスより負けないんだから!
「白雪姫…」
ごちゃごちゃと頭の中で考えていたら、すぐそばで櫻井くんの声がした。
そのシーンが近づいてきているのが目を閉じていてもわかる。
「こんなに美しい人が死んでしまっているなんて…」
櫻井くんの声がもっと近づく。
僕の隣に…。
「お別れにキスをさせてくれないか…」
く、くる!!
練習でもギリギリまで近づいてやってたけど、毎回緊張もしていたし、ドキドキするから鼓動が早くなりすぎるし、息も止めちゃうから終わるといつも顔が真っ赤になってて、みんなから可愛い可愛いとからかわれたっけ…。
そっと僕の頬に櫻井くんの両手が添えられる。
こうすると手によって口元が見えなくなるから、周囲から視界を誤魔化せる。
してるフリでもしているように見えるんだ。
それもちゃんとそう見えるように練習を……
………ん?
………………え?
「……ん…」
重ねられた唇はフリにしてはリアルすぎて。
僕は瞬間、目をあけた。
目の前にはまぶたを閉じた櫻井くんの顔がドアップにあって…
キス…
されてる……。
本当に……
してる…………。
ゆっくりと唇を離した櫻井くんと至近距離で目が合う。
「…さ…」
「あと5秒…」
まだ唇が触れる距離で囁かれて、慌ててまた目を閉じる。
劇の途中だと忘れてしまうとこだった。
目を開けるタイミングが早すぎたのはわかってる。
でも驚いて…
本当にキスされるなんて思わなくて…
頭の中は混乱してるけど僕は言われた通り、5秒心の中でカウントして再び目を開いた。
王子様がにこりと微笑んでいる。
さっきまで少し後ろ手にさがっていたこびと役のみんなが僕を取り囲んでいる。
「白雪姫が目覚めたぞ!」
「やったー!」
みんなは気づいてないの……?
誰も予定外のことが起こっていたことなど感じていないほどに普通にお話を進行してる。
時が止まっていたのは僕だけ…。
白雪姫の目覚めにより歓喜の中、王子様はこう言った。
「白雪姫、私と結婚してください。」
現実なのに夢の中にいるみたい。
「…は…い」
キスの余韻は確かに残っているのに夢でも見てたんじゃないかって…。
最後に櫻井くんが僕に手を差し伸べて、僕はベッドから立ち上がった。
「ありがとうございました!」
出演者みんなで一斉にお辞儀をして大きな拍手の中、幕が下りる。
「頑張ったね。」
「………終わったの?」
「うん、終わったよ。」
「……そう……、終わったんだ…。」
やっぱりこれは夢なのかな…。
なんだか雲の上にいるみたいにふわふわしちゃって、櫻井くんが支えててくれないと立っていられないよ。