翔side



潤が俺に不満を抱いているのはわかっていた。

俺だって抱いていいものなら毎日だって潤を愛したい。
けれど今、潤は撮影中の身。
下手に手出しはできないんだ。
それは恋人として、マネージャーとして、俺は自分の欲を抑えている。

俺に背中を向けて眠る潤。

本当は俺もお前に触れたいんだよ…。
キスだけじゃ、もう…。

潤が深く眠りについた頃、気づかれないように背中から潤を抱きしめていた。





潤くんはエ ッ チした次の日はすぐわかる…と、
少なからずカズの言うことも理解している。

自分で言うのもなんだが、潤は俺に抱かれると幸せそうにとろけるような笑顔を向けてくるし、そして自覚はないのだろうが妖艶な空気を纏わせて俺の理性を崩壊させてくる。
その空気感は次の日まで引きずることも多々あるから、その時は俺も一緒にいるようにしている。
やはり、本人にそんな自覚はまるでない。
自然体は潤の魅力。
縛りたくないのにどうしても指摘ばかりが先行してしまうから、余計に潤はへそを曲げてしまうのだ。

こう連日撮影が続いている時に抱いてなんかしてみろ。
今の現場は同世代の俳優も多い、ふわふわとした潤は隙だらけで格好の餌食だ。
できるだけリスクは避けたい。

撮影さえ終われば…
早く潤を満たしてあげたいと、クランクアップの時は俺にも待ち遠しいものだった。



「カズか?今から打ち上げなんだろ?」

「相変わらず情報早いね。」

カズも打ち上げに参加すると聞いて、すぐさまカズへ連絡を入れる。
今朝、潤は完全に拗ねてしまっていたから、きっとまだ意固地になっているはず…
正確な情報が伝えられていないんじゃないか?

「やっぱりな…」

「潤くんとケンカでもしたの?」

「ちょっと虫の居所が悪いだけだよ。」

「絶対的にその理由は翔さんにあると思うけどね。」

「なぜだ?」

「どうせちゃんと話をしてあげてないんでしょ? 
翔さんも素直に言えばいいじゃん。
現場で他の人に囲まれる潤くんのことが心配で堪らないんだって。」

「そんな仕事のことにプライベートなことを持ち込めるか。」

「潤くんだって翔さんのことになると心配で不安なんだよ。
忙しい時には余計にね。
逆にプライベートの時には仕事の話はやめた方がいい。
せっかくの恋人の時間に仕事の話を持ち込まれたら萎える。」

さすがカズだ。
役者として潤の気持ちもよく知っているし、俺の性格もよくわかっている。

せっかくのアドバイス…

「……遅かったようだ。」

「はい?」


打ち上げで息抜きができる場ではあるが、とにかく早く潤を迎えに行こう。
潤からの連絡なんて待っていられない。
大々的な打ち上げでなければ途中で抜けても構わないだろう。

カズに連絡をもらうよう頼んでおき、俺はすぐにでも迎えれるように外で待機していた。
そして、朝の仲直りをしよう。
寂しい思いをさせてしまってすまないと抱きしめてやろう。



──────────



警戒しているだけでは甘かった。
俺がもっと気をつけててやれば…。
無抵抗な潤を救えるのは俺しかいない。


初めて抱いた殺意。
未遂とはいえ、潤の心に傷を負わせたコイツが憎い…。

「ちょっと媚薬使って…気持ち良くなろうと、しただけじゃん…、、潤くんも…イッちゃたくらい…、
気持ちいっ…うっ、く…」

「てめぇ…、、」

掴みかかってるだけじゃ足りねぇよ…。
マジ首絞めてやるか、ボコボコに殴りつけて一生外出歩けない顔にしてやろうか…

足んねぇ…。

潤の辛さを考えれば考えるほど、いくら仕返ししたところで全然足んねぇんだ!

「やめてって!櫻井さん、正気になって!」

彼女が俺の腕にしがみついて、殴らせてくれない。
潤くんが辛いだけ…
そう言われてしまうと、その腕を振り解けなかった。


 
「…ぅ、は…っ、さ…く…ら…」

「…!潤?」

息苦しそうな声は個室に充満した奴の香水が潤をさらに苦しめているみたいだった。


「チッ…」

潤に気を取られ力を緩めると、その隙に奴は俺の手を振り解き逃げていく。

「おい、待て…っ、」

「櫻井さん!あんな奴いいから!
まずは潤くんを…、早く連れていきましょう!」

そうだ…
こんな冷たい場所にいつまでも潤を放置していたくない。
いつもの俺達の居場所に帰るんだ。
暖かい場所で早く安心させてやろう。


「正面からだと目立つから、こっちの裏口から。」

「知ってるのか?」

「さっき探し回った時に見つけたの!
行きましょ!」

潤を抱えた俺は両手が塞がってる。

「みんなに潤くんは気分が悪くなって帰らせたと伝えてくるわ。
あと、荷物を…、直ぐに戻ります!」

彼女は怒りと動揺で潤のことしか頭になかった俺と違って、状況判断が的確で早かった。


「君も送るから一緒に乗ってくれ。」

「私も?だって、悪い…」

「君には潤を探してもらった恩がある。
タクシーで帰るなら無駄な金を使う必要はない。
飲んでるんだし、その方が楽だろう。」

「酔いなんてとっくに覚めちゃったわよ。」

潤を助手席に寝かせて、彼女を後部座席に。
隣にいる潤の意識は閉ざしたままだし、媚薬のせいで時々息が上がる。




「申し訳ない、あなたまで巻き込んでしまって。」

潤を取り戻したことで少しだけ冷えた頭が働いてくる。
彼女にあれやこれやと命令してしまったこと、言葉が乱暴になってしまった事を詫びる。

「そんなこと全然いいんです!
それに…私のせいで……、こんなことに…。
潤くんを危険な目に遭わせてしまい、
あなたの大切な人を…、ごめんなさい。」

なぜ彼女が謝るのか。

「どういうことでしょう?」

現場での様子を改めて彼女から伝えられる。
潤がもっと自分を磨こうと試行錯誤していたこと、周りの誰よりも自分だけを見ていて欲しいと寂しそうに零していたこと、自分に魅力が足りないのだと不安になっていたこと。
俺は自分の欲を抑えることに必死で、潤がこんなにも色々と考え込んでいたことに気づけなかった。

今朝の怒ったような態度はただ俺に不満をぶつけただけじゃない。
もっと僕を愛してよ!と潤からのアピールだった。
こんなにも好きなのになかなか安心させてあげられないのは俺の不徳の致すところだ。


「わかってる…。
潤くんはあなたに愛されていることくらいわかってるはずなんです。
だけど、どうしても自分に自信が持てないと不安になる。
気持ちが離れることを恐れてしまう。
わかってはいるけど、それをどうすることもできない。
……難しい問題よね。」

彼女は潤の気持ちを理解しているように代弁する。
わかったフリという訳でもなく、どこか自分を重ね合わせているかのように言葉を紡ぐ。
どうやら同じなんだな…彼女も。


「俺達の関係についてだが…」

「私、絶対に人に言ったりしないわ!」

「そんなこと君がしないことくらいわかっている。
潤を助けてくれたのだから。」

「あ!アイツ!余計なことしないといいけど…」

「大丈夫。証拠は押さえてある。」

乗り込んだ時に密かにケータイで写したものだ。
潤の服に手をかけてる決定的な証拠、驚いてこっちを見てる。
それを彼女に見せた。

「顔もバッチリ写ってる。
言い逃れはできない。」

「いつの間に!?」

「あんな奴この世界にいる価値はない。
消してやる。」

「あ、あなた…只者じゃないわね。」

「潤を守るためならなんだってやるさ。
ただ君の言葉が俺を引き戻した。
潤が苦しむことはもうしない。
あの時誓ったはずなのに、同じことを繰り返すところだった。
ありがとう、俺を止めてくれて。」

「私ね、刑事役やった事あって、その時にたくさん勉強したの。
こんな風に役に立つとは思わなかったけど。
正しい人が罪に問われるなんて、そんなの不公平じゃない。」

「君みたいな人が潤と共演できたこと、心からよかったと思うよ。
撮影は終わったが潤とはこれからも会ってやってくれ。
俺もまた改めてお礼がしたい。」

「もちろんよ。
その時は私の彼女も紹介するわ。」

「彼女?あ…そういうことか。」

どおりで潤のことをよく理解してくれているはずだ。



「もうここでいい、ありがとう。」

「駅?」

「私も会いに行かなきゃなの。
潤くんに勇気をもらったから。
潤くんのこと、よろしくお願いします。」

彼女にはまだやり残したことがあるようだ。

「うまくいくといいな、君も。」



潤の手を握り、自宅へ向かってハンドルを切る。
脈打つ血液がまだ潤の中で暴れている。

……早く楽にしてあげよう。







66-②へ続く

66話は2つに分けました。