47のつづきです。



翔side



俺に何か言いたげな、それでも言えないと言ったような複雑な顔をしている潤。

ずっと潤を見張っていればアイツとは連絡を取る隙はないだろう。
ただそれをした所で潤はヤツの呪縛から解放されない。
例え潤がアイツと連絡を取ったとしても、会ったとしても、もう過去の潤に戻ることはない。

そうは思うが…
先手を打った方が得策ではある。



「どうも…先程は…。櫻井です。」

潤を先に部屋に帰らせ、俺は残りの業務を終わらすと奴に連絡を入れる。

「わざわざご丁寧に。
あ、そうそう、潤から連絡きましたよ。
やっぱり潤は僕を無視するなんてできないんですよね。」

通話越しに笑みを浮かべてるであろう顔が浮かぶ。
潤をそうさせるように仕向けたくせに、内心来るか来ないかは半信半疑だったんだろう。


「今ね、潤と最後に会ったホテルにいるんです。
ここで会いたいと言ったら、行きませんなんて意地張っちゃって…」

「当たり前でしょう。」

「でも潤は来る、絶対に。
僕に会いに来ますよ。」

「随分と自信ありげに…。
どうせ私達のことをネタに潤に決断させるんでしょう?
まぁその話は会って詳しい話をしたい。
そちらに伺います。そのホテルはどちらに?」

潤からの連絡があって浮かれているのか、案外すんなりと会うことを承諾した。

あとは…
コイツと潤をどう切り離すか。
カズのことに関してもどれだけの信憑性があるのかを確かめないとか。


いや、そんな回りくどいことをするよりも………



「単刀直入に言います。
潤とカズから手をひいてくれ。」

ホテルに到着し、対面するなり俺は本題を切り出した。

「いきなり来て、話進めるの早すぎ…。
せっかちだなぁ。」

「こんなことに時間をかける必要はない。
何をすればいい?
どうすればこれ以上潤に関わらない?
前にも言ったけど潤はもうあなたの元には戻らない。
うちの事務所の人間には一切手出しはさせません。」

時間を引き伸ばす解決はその分潤との繋がりを長くさせる。
一秒でも早くコイツを潤から遠ざけなければ。


「アンタさ、潤のこと本気?」

「遊びでないことは確かです。」

「なぁ…、知り合って間もないのにどうやって潤を落とした?
潤はそう簡単に人に懐いたりしない。
俺のモノにするにも相当な月日を要した。
なのに潤は怒った、アンタの名前出したら怒ったんだよ。
ただいいように使われてるかと思えば、もうすでに相当アンタに惚れてる。
それは何故だ…。」

「愛情の深さですよ。あなたと私は違うので。」

「そうか?
ただ潤の顔が気に入ったんだろ?
身体がよかったんだろ?」

コイツの潤への執着は結局そこか。
こんな奴に屈したら潤は輝きを失う。
心から笑えなくなってしまう。



「私は潤を幸せにする、何があっても。
役者として成功させ、人間として成長させてみせる。
カズを使って潤を取り戻したって、潤が本当に幸せだと思います?
この先潤の幸せがあるのなら、俺は何もいらない。」

「……ふっ、カッコつけちゃって…。
じゃあ本当に全部手放せんの?
今ある仕事も地位も仲間も友人も切り捨てれるか?
もちろん潤もだ。
アンタにそのくらいの覚悟があるのなら俺も同じように身を引いてやる…」

「できますよ。」

「え…」

俺の即答に奴の動きが止まる。
饒舌だった口も、無駄に自信ありげだった視線も泳いで動揺でもしてるのか?
これしきのことで。



「仕事も仲間も、潤も…
あなたと潤との関係を断つためなら何もかも捨てましょう。
それでいいのなら話が早い。
では、今から誓約書を。」

「は?なんだよそれ…」

「元々何か条件を提示されると思ったんです。
この会話も録音済み、契約の証拠です。
私もすべてを捨て、あなたも捨てる…と。
では、こちらにサインを。」

バンッと奴の前に紙とペンを突き出した。

「その流れで潤にメモ残してくださいね。
もう関わらないということを書いておいてください。」

「お前…、正気か?」

「…本気ですよ。
私は潤の為なら、最悪あなたを手にかけても…」

「やめろ! お前、頭おかしいんじゃねぇの!?」

「変わってるとは言われますが…、サイコパスではないと思います。
自分ではわかりませんけどね。」

俺は役者じゃない。
演じたことなんて一度もない。
俺はコイツが大嫌いだ。
その気持ちだけで自分がどれだけ冷たい目を向けているかわかる。

そう、殺意を抱くほどの……。



「わ、わかった!
だけど交換条件だってこと、お前も忘れんな。
お前だって潤の前から消えろよ。
じゃないとこっちはいつだってネタは出そうと思えば出せるんだ。」

「もちろん、これは契約。
守るためのお約束ですから。」

まともな交渉なんて相手が応じるはずがない。
いくらお願いした所でそれだけでは潤から手を引くはずがない。
少々強引だが、自分の畑で勝負を持ちかけてみて正解だった。


「交渉成立です。」





──────────



一度は退散したアイツがまた何を仕掛けてくるかはわからないが、今回は潤から引き離すことができた。

「俺も巻き添えだけど…。」

会社に辞表を出した。
智くんと立ち上げた会社。

社長…勝手なことした俺を怒ってんだろうな…。
いつもは仏みたいだけど、あのタイプは怒るとガチで怖い。
元々すぐにキレやすかった俺は智くんを見習って感情をなるべく表には出さないようにした。
仕事をする上ではそれが非常に役立つことになり、俺が社長を一目置く理由はそこにある。
けれど今回ばかりは次会う時が来たらぶん殴られそうだ。
カズや雅紀にも一方的に潤を託してしまった。
二人からも非難轟々だろう。


潤は……、

俺も結局アイツの時と同じ。
見捨てられたと泣いてるのか…?


出会った時、潤は孤独だった。
今は俺の信頼する仲間たちがきっと支えてくれる。

俺の目に狂いはないんだ。
潤は諦めない強い意思を持っている。
潤から溢れ出てくる生命力みたいなものに俺は強く惹かれていた。





「通り雨かな……。」

黒い雲からのどしゃ降りの雨は少しづつ弱まり、遠くの空が明るくなってきている。

「泣き止んだか…?潤…」

そこから射す太陽が潤を照らす希望の光に見えた。