潤side



「翔さん、出張長いね…。」

「うん…」

「あれから連絡はないの?」

「うん…」

「何やってんだか…。」
 
「……。」

あれから3日。
出張だと櫻井さんが出て行ってから一週間が経つ。


櫻井さんに送ったメッセージには返信がない。
最初の日は忙しいんだと返ってこないことに理由をつけた。
それでもいくら忙しいとはいえ、どこかのタイミングでケータイは開いているはずだし、櫻井さんが僕のメールを既読無視するはずないって思ってる。
相談がある…なんて重たかった?と思って、普通におはようやおやすみを送ってみた。
それにすら反応がなくて、不安ばかりが募る。



「ケータイ壊れてんのかな?
まったく、オレにも何の連絡も来ないしさ。
ましてや潤くんに連絡ないのおかしいよね。」

「……櫻井さん、大丈夫かな…。」

「翔さん自身に何かあれば事務所にだって連絡来るはずだし、それがないってことはケータイが使えなくなったとしか考えられないよ。
きっとそのうちなんとか…
あっ!」

「え?」

「ケータイがダメなら直接翔さんのパソコンにメールしてみたら?
事務所のアドレスから送れば仕事関係だと思って絶対見るはずだ。
あー、なんでもっと早く気づかなかったんだろ。」

「そっか、そこからでも…」

「潤くんごめんね。
早く気づけてたら、潤くんをこんなに不安にさせることなかったのに。」

「ううん、ニノここのとこ深夜まで撮影かかって大変だったでしょ?
セリフだって覚えなきゃならないのに、その上、僕のことにまで…」

「そんなの気にしなくていーの!
言ったじゃん、潤くんのことで迷惑なんてことはないんだよ。
オレにだって、甘えてよ…。」

「同い年のニノに甘えるの?」

「歳は同じだけど先輩よ?」

「わかってます…。頼もしい先輩です。」

ふふふって二人して笑みが零れた。


ニノと二人きりの朝食もこれで一週間。
こんな時にひとりじゃなくてよかった。
寄り添ってくれる優しいニノに何度もありがとうと心の中で唱える。
もちろん言葉にもしてるけど、言い足りないくらいだから。



─────────



事務所にこれまでのショウさんとの経緯を報告した。
社長の大野さん、同行した相葉さん、もちろんニノにも。

「まさかそんな事が…。
よく話してくれた。
潤くんは大丈夫だった?何もされなかったんだね。」

大野さんは驚いていたけど、すぐに僕の心配をしてくれた。


「はい、相葉さんが助けてくれて…。」

「偶然とはいえ、ナイスだ相葉ちゃん。」

「任せなさい!潤ちゃんを守るのは俺の役目…」

「ナイスじゃないよ!」

ムスッとしてるニノが二人の会話に割って入る。


「そりゃ潤くんに何事も無かったのはよかったけどさ、なんでオレになんも相談してくれなかったんだよ。」

「ニノ…。」

ニノが悔しそうに怒る。

「まぁまぁ、カズ…
潤くんは誰にも迷惑掛けたくなかったんだ。
だから誰にも言えずに悩んで…。
確かに一人でなんとかしようと無茶しようとしたのは頂けないけどね。」

「…すみません、大野さん。」

「怒ってるわけじゃないよ。
潤くんを守りたいだけだ。
みんな、潤くんのこと大好きだからさ。
ただ肝心な翔くんがなぁ…」

「一番怒るのは翔ちゃんでしょ。」

「帰ってきたら潤くん覚悟した方がいいね。」

「え…」

「動けないくらいに抱き壊されちゃうぞ〜。」

ニノが仕返しとばかりに脅してきて、横で大野さんと相葉さんが笑って冷やかしてきて。

それなのに…、
怒られたって、抱き壊されたって、僕はどんなことだって覚悟できてるのに、それを伝えることが今はできない。
当の本人は未だに不在のまま。

声が聞きたい…
あなたに触れたい…
会えない…
会いたいのに…

こんなことばかり考えるようになっていた。



─────────



「じゃ、そうと決まれば事務所行こっか。」

朝食を済ませ、片付けは僕が…

「今日はオレがやる。
潤くん、支度しておいで。」

「ニノ……、ありがと。」

さりげないニノの優しさに泣きそうになる。

櫻井さんがいない寂しさが最近限界にきているのかもしれない。
小さな感動にすぐ涙が反応してしまうのは、情緒が不安定な証拠なのかもしれない。


櫻井さんにもらった時計は寝室にあるサイドテーブルの上に飾ったまま。
よし、今日は腕につけていこう。
こうしてたら櫻井さんが手を繋いでくれているみたいに思えるし、この腕時計だけがあなたからのぬくもりを感じられる。
あなたのいない一日を過ごす僕の支えになっている…。






「おはよ〜。」

ゆるっとしたニノの挨拶と共に事務所にあるいつもの部屋のドアを開けた。


「潤くん!大変だ!」

「え…?」

大野さんが僕を見つけるなり飛びついてきて、両手で肩を揺する。


「翔くん、やりやがった…。」

「え!?櫻井さんがなにかっ、」

櫻井さんの名前とただならぬ大野さんの興奮。


「ヤバいぞ、これは…。」

「え、だからなにが…」

「アイツ、こんなバカでかい仕事とってきやがって…」

あまりの興奮にいつもの穏やかな大野さんの口調も荒ぶってる。


「落ち着いて聞いて、潤くん…。」

「落ち着くのは大野さんの方です。
一体なにが…」

「海外有名ブランドのアンバサダーに君が決定した。」

「………はい?」

「こっちでは雑誌や映画には出てたにしろ、世界では無名の日本の新人俳優が抜擢された…。
前代未聞だ…。」

「……う、そ。」

「すごいよ、潤くん!」

「嘘じゃない!
たった今翔くんから事務所宛のメールに送られてきたんだ!
ほら、見てよ!」

「櫻井さんからっ!?」

櫻井さんから連絡があった!
大きな仕事の決定ももちろんだけど、僕にとっては櫻井さんからの久しぶりのアクションに胸が高鳴る。その事しか今は頭にない。


「櫻井さん、…元気なの?
どうして僕に連絡くれないの?」

画面に話しかけるなんて意味の無いことだけど、言わずにいられなかった。
やっと繋がった、櫻井さんと。


「出張ってこのことで?
これ、もう決まったんですよね?
櫻井さん、帰ってきますよね?」

「本契約は事務所を介すから、こっちに戻って行うはずだ。
だから、帰ってくるでしょ。
スケジュール確認しないと。」

「ですよね!あぁ、よかった…。」

嬉しくて涙が出てくる。
やっと、会える…。




「…あ、ちょっと待って。
もういっこファイルが添付され…
え……、なに、これ……。」

「…?」

一瞬にして大野さんの声のトーンが下がる。


「どうしたんですか…?」

「何かの間違いかな…。」


スクロールした画面の中。

『辞表』

その二文字が目に飛び込んできて、全身の血の気が引いていくのがわかった。