潤side
静かな廊下。
周りの部屋に人がいるのかはわからないけど、誰かと鉢合わせたりしないように注意深く進んでいく。
「ここ?」
一番奥の部屋の前に辿り着くと相葉さんは振り返り小声で確認してくる。
うん…と、コクンと頷いた。
忘れてない数ヶ月前の出来事。
あの日、ショウさんが結婚するのだと勘違いして僕はこの部屋を一人で出た。
そして、僕は雨の中、櫻井さんに出会った。
僕を心から愛してくれる人に出会った日だった。
「いい?俺はここで待機してる。
危ないと思ったら大きな声出して。
声が出せなかったら、何としてでも外に出てくるんだよ?
あと、あまりに時間がかかるなら様子見て飛び込んでくから安心してね。」
「わかりました…。
行ってきます…。」
きっと相葉さんが先に立っていてくれたから、部屋の前まですんなり歩いてこれた。
そうじゃなかったらまたこの扉の前で立ち尽くしてしまっていたことだろう。
コンコン…
小さくノックする。
応答がない…。
もう一度少し強めにノックしてみる。
けれど何も返答がなくて、相葉さんと目を合わせ、そっとドアノブに手を掛けるとキィとドアが開いた。
開いてる……
「ショウさん…、潤…ですけど…」
周りに声が漏れないよう隙間から声を掛けてみる。
「行ってみます。」
「うん、大丈夫、俺いるからね!」
やっぱりなんの音もしないから、部屋の中にゆっくり入ってみる。
ここのホテルはオートロックじゃないし、もちろん内鍵には触れずそのままで部屋の奥まで進んで行った。
「ショウさん……?
……え?」
──────────
「相葉さん、入って来てください。」
「え、いいの?」
「…はい。」
相葉さんと共に部屋に戻る。
そこには誰もいなかった。
「あれ?ここじゃない?」
「ううん…、ここです。
あの人、待ってるって言ってたのに…
なんでいないの…?」
「待ちくたびれて帰っちゃったとか?」
「まさかっ、わざわざ僕と連絡をとる為に電話番号まで渡してきたんですよ?
向こうから呼び出して、ここを指定してきて、すっぽかすなんてあの人らしくない。」
「んー…、でも、いないんじゃどうしようも…。
じゃ、フロントに聞いてみよっか?」
「相葉さん!?」
そんな!普通のホテルじゃないって相葉さんも言ってましたよね!?
なんでそんなナチュラルにフロントに電話掛けれるんですか!?
「すみませーん、あのー、ここの部屋で待ち合わせしてたんですけど、誰もいないんですよ。
なんか聞いてませんか?
部屋はINになってたから、そのまま入って来ちゃったんです。」
相葉さん、すごい…。
なんの躊躇いも恥ずかしさもないの?
「え?もう出た?
その人はどこに…っ、…あ、そうですよね…、
すみません、ありがとうございました。」
電話を切った相葉さんは両手を上げて首を振った。
「この部屋を一昨日から貸し切ってた人はもう今日の朝には出ていったって。
ただ今日まではこの部屋を貸してくれって、その分の料金はもらってるから好きなように使ってくれていいってさ。
もちろん行き先なんか知らないって。」
「一昨日…、僕と電話した日だ。
やっぱり僕をここに呼び出すのは本気だった…」
「なんで今日になって出てったんだろ。
潤ちゃんは絶対来るって思ってたんでしょ?
潤ちゃんが断れないからって、ホント卑劣なやつ!
でもなぁ、いないとなるとどうにもならないよねぇ…。
あ、あれ?これ、潤ちゃん!見て!」
電話脇に置いてあるメモ帳。
なんか書いてある。
【君を自由にするよ。
もう追わない、元気で。】
「ショウさんの字…。」
走り書きだけど、昔手帳を覗き見したことがあって、その字とそっくりだった。
見間違いじゃないと思う。
「やっぱり気が変わったのかなぁ?
でもよかったじゃん!
潤ちゃんにはもう付き纏わないってことだよね!」
「でも…」
なんか腑に落ちない。
たった2日で人の気持ちってそう簡単に変わるものなの?
「ねぇ、この部屋使っていいって言ってたよ。
休憩してく?」
ぼんやりと考え込む僕を心配してか、
冗談なんだろうけど…。
「…帰ります。」
ごめんなさい。
気の利いた返し、できそうもない。
「だよね。
じゃ、帰りの護衛も任せてよ。」
「ありがとうございます…。
相葉さんにはご迷惑ばかり…」
「やめてよ、そんな他人行儀な。
好きな子を守るのは当然の役目でしょ。
なーんてね。」
「相葉さん…、ありがと…。」
櫻井さんのマンションまで僕をしっかりと送り届けると、明日事務所にこの事を相談することを約束して相葉さんとは別れた。
まだニノは仕事なのか、部屋には誰もいない。
結局僕だけでは何もできなかったなぁ…。
ショウさんはもう本当に何もしてこないのかな…。
なぜ急に?
ひとまず何もなかった。
だけど問題が解決したように思えない。
僕の心の中の霧は晴れず、余計に霧の中に迷い込んでいくみたいで胸騒ぎがする。
【相談したいことがあります。
帰ってきたら話を聞いてほしいです。】
その晩に送った櫻井さんへのメール。
朝になっても返信は来ていなくて、また霧が濃くなっていく…。