僕の耳がピンと立つ。
まあくんの声を聞いてすぐにわかった。
電話の相手がまあくんの好きな人なんだと。
それが、じゅん…という人なのだと。
「お仕事?」
その人との通話後、もういっこ別の人と通話を終え、ふっと安堵の溜息のように息を吐くまあくんに問う。
「う、うん…。ごめん、行かないと…、
あ、そうだ話って…?」
「い、急ぎじゃないの!
…また、今度で……。」
僕には今度はあるの?
真逆の言葉が僕のあたま、通り過ぎる。
「仕事が終わったらまた会いに来るよ。」
まあくんは僕の黒い髪をそっと撫でる。
優しい優しいその顔は、あの時からずっと変わらないままだ。
結局朝ごはんを一緒に食べれることもなく、慌ただしく着替えをしていく姿を目で追っていく。
彼が何をしている人かなんて知らないけど、僕にはそんな情報は意味がない。
「俺の事、忘れないで待ってて。」
「…うん、絶対忘れないよ。
まあくんのことだけは。」
すぐに記憶を失くしてしまう僕。
覚えていられないのは新しい記憶。
今の記憶、……人間の記憶。
見送ろうと玄関までついて行ったら、ふわりと抱きしめられて、
「寒いからここでいいよ。」
優しいまあくんを騙してる…
そんな気持ちになる。
やっぱり早く言うべきなんじゃないか?
「ま、まあくん!」
「…どした?」
まあくんの澄んだ目が僕を映す。
僕の気持ちは嘘じゃない。
でも偽物なんだ。僕は。
「いってらっしゃい…。」
「うん!また後でね。」
結局言えない言葉を飲み込んで、そっと手を振った。
僕の小さなアクションに気づいて、まあくんはブンブンとその姿が見えなくなるまで手を振ってくれていた。
「僕のこと、忘れないで…。」
その後ろ姿に零れた本音。
でも僕がいなくなればすぐにまあくんは忘れてしまうだろう。
それは神様との約束。
人間になるための条件。
『思い出を作れたのなら、もうここにいる意味はない。
だから、消えなくてはならないよ。』
あとはこの世界が終わるのを静かに待つ。
その時は多分もうすぐそこに。
まあくんとの想い出はただひとつだけ。
僕だけが覚えてれば、それでいい。
そう言い聞かせればするほど、込み上げてくるものは…
人間だって、動物にだって、誰かを想う気持ちは持ってるはずだ。
もう見えなくなった後ろ姿を追いかけていきたかった。
まあくん…、もうすぐ僕、消えちゃうんだ…。
『わぁ!ねぇねぇ、見て!
この黒猫かわいいね!』
眩しいお日様のような笑顔を持つ、
初めて僕を可愛いと言ってくれたひと。
僕はあの日、あなたに恋をした。