急いで向かった先は昔よく潤と飲みに来ていたバーで、もちろん潤だけでなく他のメンバーや友達とも頻繁に利用していた場所。

わかりやすいとこにいてくれて助かるわ。

そう思いながら近くの駐車場に車を停め、バーの扉を開けた。



「櫻井くん、久しぶりだねぇ。」

顔見知りのマスターが俺に気づき、すぐに声を掛けられる。

「どうも。ご無沙汰しちゃって…」

「今日誕生日なんだって?おめでとう。」

「…え、あ、ありがとうございます。」

「ほら、奥にいるよ。」

促されて視線を向けると、斗真が隅のテーブルからブンブンと手を振っている。



「翔くん、こっちこっち!」

大袈裟な身振りとは裏腹に声は小さめに。
周りにも客がいるし、一応気を使ってるつもりか。

「おまっ、目立つわ。」

ペシンと軽く頭をはたく。


「だってぇ、やっと来てくれたんだもーん。」

「これでも急いで来たんだからな。」

一応コートは脱ぐが長居するつもりはないから、軽くイスに掛けておく。




「ところで…
なんでこんなことになったんだ?」

顔はテーブルに突っ伏して、そこから投げ出された伸びきった腕から覗くキレイな指の持ち主は俺が来たことにも気づかず、ピクリとも動かない。

「あとこれはなんだ。」

このバーにこんなメニューあったか?
皿に置かれた1ピースのベイクドチーズケーキ。


「あ、これね。
翔くんの誕生日だから。
はい、どうぞ。」

「…?」

目の前に差し出されたケーキとフォークに戸惑う。

「ほら、ちゃんとローソクもあるよ。」

「え、俺来るの前提?」

「んー、元々は違うんだけど、結果本人が来てくれたからさ。
潤が準備したんだ、そのケーキ。
マスターに頼んでたらしいよ。」

だからさっきマスター、おめでとうって…。




「翔くんの誕生日をお祝いしたかったんだってさ。
俺はそれに付き合わされた……
あ、もちろん俺だって!」

「別にいいけどさ…、
当人いないのになにやってんだよ。」

慌てて取り繕うとする斗真と苦笑い。


「俺も言ったさ、そんなの本人にやってやれよって。
だけど、潤…
翔くんは忙しいから僕なんかと会う時間もったいないって…。
だったら自分のために時間を使って欲しいからって。」

小さい頃からの付き合いだ。
斗真も気づいてる。
コイツが飲みに誘う時はひとりが寂しい時。
だからこうして飲みに付き合ってるんだよな。


「だから、なんか、呼ばずにはいられなかった…
翔くんのこと。
25日になるのを待ってメッセージ送る姿があまりにも嬉しそうで…。
でも、なぜか悲しそうで…。
そんで俺にも送れって絡み出すし。
それで安心したのか満足したのか、気づいたらこうなってた。
きっと本当は直接言いたかったんだと思う…。」

んー…、と目をつぶったまま顔の向きを変え、
ふわふわと髪が揺れる頭を指差す。

それでも起きる気配は一向にない。



「俺、明日っつうか、もう今日か。
午前から稽古入ってるんだ。
まかせていい?」

「そのつもりで呼んだんだろ。」

「バレた?
潤の家わかるよね。
鍵はリュックの中のキーケースだって。」

「よく知ってるな。」

「いつかこんな事があるんじゃないかって、前に聞いといてよかったよ。
さて、そろそろ行くよ。ごめんね。」

時計を見て斗真が立ち上がる。


「車だから送るよ。」

「えぇ、悪いって…
て、言いたいとこだけどいい?お願いします!」

「もちろん、遠慮すんな。
そのかわり運ぶの手伝え。」

斗真に荷物と持ち帰りにしてもらったチーズケーキを持たせて、俺は潤を抱きかかえて店を出た。


「…んん、とうまぁ…?」

外の寒さに一瞬起きたかと思ったけど、俺を斗真だと疑わない潤はそのまま素直に抱きついてきた。


なんで斗真だとこんな甘えてんだよ…。




街頭からの明かりが君の閉じた瞳の長いまつ毛が影を作る。
無防備な姿の潤を可愛いとすら思う。
けど、それを見せるのが俺じゃないのが面白くない。
隣で歩くご機嫌な斗真をジロリと睨んだことは二人とも当たり前に気づいてはいないだろう。


すまん、斗真…。
お前が悪いわけじゃないのになんだかモヤモヤして堪らない。

まったく、この気持ちはなんだっつうんだよ…。