「潤くん、おはよ。
来たね、偉いじゃん。」

「あ、ニノ。おはよう。
もちろん来るよ、もう元気。」

変わりのないいつもの教室。
当たり前か、たった一日休んだだけだ。
いつも通り笑っていれば、誰も僕の心の中なんてわかりはしない。




実は朝、昇降口で先輩を見かけた。
僕には背を向けて立っていたけど、すぐに先輩だってわかった。
でも前みたいに声を掛けるなんてやっぱりできなくて、そっと壁際に寄り、その背中を眺めていた。
隣には相葉先輩がいて、その会話の途中に笑った横顔が見えて、その一瞬ですら幸せを感じてしまう。

もしかしたら、その笑顔…
僕に向けられることはないのかな……。

それでも先輩が笑ってくれてたら、
僕はそれでいい。

先輩の笑った顔、本当に好きだから。





「あ…!!」

不意に相葉先輩がこちらを見たような気がして慌てて壁の死角に隠れる。

バレた?見てるのバレたかな?

櫻井先輩は気づいてないはず。
でも相葉先輩に見つかったらそれも厄介なんだ。
だって相葉先輩、声大きいんだもん。


チラリと様子を伺うように覗けば、もう2人は完全に向こう側に歩き始めていた。

ほっとしたような、残念なような…。



考えてみれば、学校で会えるとはいってもあの内容のことを話す場所なんてない。
僕が平常心でいられるかもわからない。
あの秘密の場所でふたりきりになる勇気は…
残念ながら……今はまだない。

お弁当も作ってきてない。
答えをもらうまではナシですと、しっかりニノが先輩に根回ししてくれてある。
僕もひとりで食べるとあのひとときを思い出すから、自分の分のお弁当すら作る気はなかった。




「潤くん、お昼一緒に食べよ!
いい場所見つけたんだ。
中庭のあそこの隅のベンチ。
ちょっと奥まってて見にくいのか誰も使わないんだ。
元々あそこは人も少ないし、今日はあそこで食べようよ。」

「うん、いいけど…
今日はお弁当もないし、買いに行かないと。」

「オレが購買でパン買ってくよ。 
人が凄いから潤くんじゃきっと買えないよ。
押しつぶされちゃう。」

「うそ!?そんなにすごいの?」

「もう戦場よ。
だからオレに任せなさい。
うまいことスペースを見つけて入り込むんだ。
慣れたもんよ。
で、なにがいい?」

「んーとね、タマゴサンド。ある?」

「ふふ、なんか可愛いね。
オッケー!行ってくるー!
あ、大丈夫だと思うけど先に行ってて。
場所取り、よろしく!」

ニノはパチッとウィンクすると颯爽と廊下を駆けていった。



僕は言われた通り中庭に向かう。

渡り廊下を歩き体育館横を通り抜けて、中庭に到着。


確かに人もまばらで静か。
ここのベンチは明らかに存在感を消していた。



「じゅーんちゃん。」

名前を呼ばれて、ふっとそちらを見るとすぐそこに相葉先輩の顔。

「相葉せ…、」

返事をする余裕もなく、肩を抱かれた。


「ちょっと先輩、近い…
なんでここに?」

「体育館に忘れ物しちゃって、職員室寄って鍵借りてきたんだ。
潤ちゃんが見えたから追っかけてきちゃった。」


にっこり笑ってさらに距離を詰めてくる。



「ねぇ、今日朝、見てたでしょ?」

「え…」

やっぱりバレてたのか。


「俺らを見てたよね?
んーと、それとも翔ちゃんだけ?
なんで隠れたの?
いつもなら声掛けてくれんじゃん。」

「それは…」

「翔ちゃんを見る潤ちゃんの目ってさ、
なんか色っぽいよね。
こう…、とろーんと蕩けそうな視線ていうか。
ね、そんなに翔ちゃんが好き?」

「そんなこと…」

相葉先輩にも気づかれるなんて…
恥ずかしさで顔がカァって熱くなる。



「その恥じらう顔がたまんなく可愛いんだよね…。」

顎クイをされ、俯いていた顔を強制的に上を向かせられる。


「か、からかわないでください!
相葉先輩は女の子が好きなんでしょ?
僕なんかに構わなくても選びたい放題じゃないですか。」

知ってる。
いつも何人か学校の外に相葉先輩の出待ちがいること。
対外試合に行くと必ず女の子のファンがつくんだ。



「潤ちゃんが嫌なら潤ちゃんだけにするよ。」

「…はい?」

「みすみす翔ちゃんに渡すなんてもったいない。」


隣に座っていたはずの先輩がどんどんと迫ってきて、いつの間にか僕の身体は圧に負けて倒され、背中はベンチにぴったりとくっついた状態になってすっかり見下ろされていた。



「あ、の…」


微かに人の話し声が聞こえる。
こんな真昼間の外で、いつ人に見られるかわからない場所。

こんな状況、もし櫻井先輩に見られたりしたら…

そんな事など考えるのなら、
相葉先輩の床ドンを振り払って逃げたってよかった。



だけど、僕だけに与えられたその眼差しがあまりにも優しくて、吸い込まれそうに煌めいて…

僕は釘付けになって動けなかった。