「潤?」
しばらく見蕩れていると直立不動で立ち止まる僕に先輩の方から声をかけられてしまった。
「あっ、すみません!
お待たせしました!」
そうだ。
ぼーっとしてる場合じゃない。
時間は限られてるんだ。
「あれ?二宮くんは?」
「あ、その、それが……」
ふたりで来ると思っていただろう先輩は不思議そうに首を傾げ、キョロキョロと周りを見渡している。
ヘタに誤魔化す必要もないし、素直に事情を説明した。
まさか先輩と二人きりになりたいから…
なんてことは言えないけど。
「あはは、アイツ勉強できるんだ。
なのに教えてくれって?」
「ニノは僕のために…。
僕、英語苦手だから先輩に教えてもらうのが一番だって…。」
「良い奴じゃん。」
「え?」
「友達の為に自分がお願いするなんてさ。
すっげーいい友達だな。」
「…ほんとに。」
確かに昨日今日喋ったくらいなのに、なんで僕の為にこんなことしてくれたんだろう。
やっぱりニノの話もちゃんと聞こう。
僕ばかり協力してもらってたら悪いもんね。
「先輩、お弁当どうします?
持ってきたはいいけど、食べる場所まで考えてなくて。」
「それならいいとこがあるんだ。
ちょいこっち来て。」
手招きをする先輩の後をついていく。
教室がある北校舎から渡り廊下を抜けて、本校舎の階段を上がっていく。
階が上がっていくにつれて人も少なくなってくし、ドキドキしながら登る階段で少しだけ息切れもしてきた。
普段この程度で息が切れるなんてことはないのに、好きな人とふたりで歩くこの状況が僕の人生の経験上ありえなくて、なんだか地に足もついてないような錯覚を覚える。
それでも必死に前を歩く先輩の背中を黙って追った。
「ごめんね、こんなとこまで。」
「生徒会室?」
「…のこの先。」
生徒会役員じゃなきゃ用のない部屋。
その先にある階段。
さらに上には立ち入り禁止のチェーンがぶら下がっている。
「ここなら誰も来ないし、静かだろ?」
確かにこんな場所があるなんて知らなかった。
でもそんなことより…
誰も来ない?
完全にふたりきりなの?
こんなに静かな場所、心臓の音が聞こえちゃうよ!
「ほら、座って。」
先輩は階段の一段にスポーツタオルを敷いた。
「綺麗な制服が汚れちゃうからね。」
「そんな!先輩のタオルこそ汚れちゃいます!」
「いいから、いいから。
早く食べないと時間無くなっちゃうよ。」
「あ…ですね…。
お弁当どうぞ。」
並んで座って先輩にお弁当を渡す。
「うっわ!すっげぇ!
これ潤が作ったのか?」
「はい、料理はわりと好きで。
他にはなんにも取り柄ないんで。」
いただきまーす!って、律儀に手を合わせたと思ったら、すごい勢いで口に運んでいく。
もぐもぐと高速で動く口元と一気に詰め込んで膨らんだほっぺがリスみたいでかわいい。
喜んで食べてくれる先輩をじっと見ていたいけど、自分のも食べないと先輩に遅れをとってしまう。
僕も急いで食べるけど、圧倒的なスピードには追いつけなかった。
「マジでうめぇ。感動したわ。」
あっという間に食べ終わってしまったから、
「足りましたか?」
「うん、うまかった!
ありがとうな、潤。」
僕だけに向けられた笑顔と、からっぽになったお弁当箱。
感動したのは僕の方。
「嬉しい…、よかった…。」
褒められたことが嬉しくて、ちょっと泣きそうになった。