えーと…

これは夢なんだろうか。



憧れのあの人が僕の家のソファに座って、
僕の目の前にいて、
目が合えばキラキラなあの顔でニコッと微笑んで。


「ホントに同じ学校だったんだね。
俺、英数科三年の櫻井翔ていうんだ。
よろしく。」  

はい、それはよく知ってます。
だってずっと探していたんです。


差し出された右手は綺麗な指で、
細くて長くて…
あ、爪もしっかり切りそろえてあるし…
爽やかなイメージ通り。



「…潤くん?」

「え…。あ…、」

じっと見とれてしまっていた。

だって…
こんな近くにあなたがいるから。



「櫻井先輩、はじめまして。
弟の潤です。」

気づけば舐めるように見てるだけで、まだ一言も会話をしていない事に気づき、慌てて自己紹介をする。

そっと手を握るとギュッと握り返されて、
触れた瞬間に静電気が走ったようにビリッと痺れてひっくり返りそうになったけど、グッと引っ張られた感覚がして、今度は胸がぎゅっとなった。



「もう仲良くなったの?」

「あぁ、自己紹介したくらいだよ。なっ!」

「…はい……。」

「ははっ、堅いなぁ。
だよな、急に知らない奴に挨拶されちゃあな。」

「なぁに、随分しおらしいじゃない。」

「しおらしくなんか…」

姉ちゃんが僕の分も紅茶とカップケーキをテーブルに置く。


「いつもはこんなじゃないのよ、この子。」

暗い子だと思われたくないのか、
ねっ!て、姉ちゃんはフォローしてるつもりなのかも。


僕だって、こんな風になるつもりなんかなかった。

こんなんじゃ、学校で会ったって声すら掛けることも叶わないだろう。



でも…….

目の前で姉ちゃんの作ったカップケーキを美味しそうに食べる彼。
楽しそうに笑う姉ちゃん。


こんな形でなんて会いたくなかった。




「いつから…」

「ん?」

「いつから…付き合ってたの?」

紅茶のカップを置くと、またふたりはアイコンタクト。


ズキン……

なんか痛い。


「友達に紹介されて遊ぶようになったのは冬休みかな。
付き合うってなったのは春休み。
ほら、学校も違うしなかなか会えないじゃない?」

「まあ、そうだよね。」

「そうなんだ…。」


その頃を思い出すかのように斜め上に視線を向けてはうんうんて、あの人は頷く。



僕が受験勉強に追われている時に出会い、
僕が合格したって喜んでいる時に付き合い、
僕が入学したら、あっさりと紹介されて…

僕の方が先に好きになっていたのに。




もっと早く出会えてたらよかった?
年下じゃなくて同級生ならよかった?

姉ちゃんの弟じゃなかったら…
男じゃなかったら…

どうしたら、あの人の恋人になれてた?



姉ちゃんになくて、僕にあるものってなに?
僕が姉ちゃんより勝るものってなに?


あの人に見合うものが僕にはひとつもないなんて…

そんなの不公平だよ。