前方からの視線が痛い。


それを避けるように無駄にお喋りを心掛けた。
そうだ、ここは店だと思おう。
接客はあまり得意じゃないけど、笑顔で楽しげに相手の話をよく聞いて…。
新しくオーダーされて運ばれてくる料理を率先して取り分けて、グラスが空きそうなタイミングを常にチェック。
やることがない時はとにかく食べたり、飲んだり。
とにかく先輩が話しかけてこないよう、その間を作らないようにした。




飲み会もそろそろ終盤に差し掛かる。

ペースよく飲んでしまい、酔いがだんだんと回ってくる感覚。

体…熱い…。


「ねぇ、潤くん。
飲み過ぎじゃないの?」

隣にいるアイナさんに肘でコンコンと小突かれ、小声で注意喚起される。


「だ、いじょぶ…。」

「もうお水にしときなさい。
帰れなくなるわよ?」

「だいじょ、ぶ…、れす…。」

なんとなく呂律が回らない。


でも気を抜いてはダメだ。
まだ先輩はこちらを見ている。


しっかりしなきゃ!

アイナさんが頼んでくれた冷水をイッキ飲みしたら、少し目が覚めた気がした。
なんとか飛んでいきそうな意識を取り戻す。




帰り際、さすがに僕の分まで支払いをしてもらうのは申し訳なくて、幹事と思われる熊田さんに話しかけた。
アイナさんは「払ってもらえばいいのにー。」なんて言ったけど、やっぱり僕は男だし。
女の子みたいに甘えるわけにいかないんだ。



熊田さんとの会話中も視線を感じる。
見られてると思うだけで、ドキドキと体温が急上昇してくるのがわかる。


あとは帰るだけ…。
もう少しだけ…。
なんとか気を持ち直さないと…。



必死に自分と戦う僕に、

──彼女には内緒にしとくから。


不意に知らされた先輩の彼女の存在。
ガンと頭に鈍い痛みが走る。
それが逆に僕を冷静にさせた。


そうだよ。
何年経ったんだよ。
何を意識する必要があるんだ。

もう僕の恋はとっくに終わっている。






その後どうやって帰ってきたのか。

気づいたらお店のソファで横たわっていて、フワフワのブランケットが掛けられていた。
いつの間にか眠っていたらしい。


ムクリと起き上がると、その手にはタオル握りしめられていた。

「なぜタオル?」

不思議に思い独り言を呟く。


「起きた?」

「…誰!?」

振り返るとふにゃりとした笑顔でイスに座る人物。


「サトシさん!?
なんで?あれ??」

オーナーのサトシさんが店に?
え、今何時だ?


「アイナに呼ばれた。
潤が死んでるから来てくれって。」

「すみません!サトシさんにまでご迷惑をっ!」

やっちゃった…。
記憶失くすまで飲むことなんて今までなかったのに、アイナさんばかりでなくサトシさんまで面倒かけて…。


「あー。いーの、いーの。」

なんてことないように手をヒラヒラとさせる。


「お店の準備、します!」

慌てて起き上がり、ブランケットを畳む。
不思議に感じていたそのタオルを手に取り、気になるから聞いてみようか。


「サトシさんのですか?このタオル。」

「んーにゃ、アイナだろ。
寝る前から泣き通しだったて言ってたし。
ここで寝ちゃうのはいいけどさ、あんま飲みすぎんなよ。
また危ない目に遭うぞ。」




アブナイ……

『助けてっ!誰か…っ、
んーんーっ、先輩っ、たすけ…』

ヒュッと息を飲む。


お酒を無理矢理飲まされ、自由を奪われて。
サトシさんとアイナさんに助けてもらえなかったら……僕はどうなっていたか。

思い出すだけで、寒くもないのにカタカタと震えがくる感覚がする。


「部屋帰って少し休め。」

呆然とする僕の頭をポンポンとすると、サトシさんは立ち上がる。




泣いた?
僕は、泣いていたんだ。

重たい瞼がその証拠。




思い出されるあの日の雨。
別れの記憶は何度でも僕の涙を呼び起こす。


あの日は朝からザーっと雨が降っていた。

雨の降りしきる誰もいない校庭。
遠くに見える校舎では今ごろテストの真っ最中。


「さよなら、先輩…。」


届くことない言葉をそこに残して、
僕はあなたに別れを告げたんだ。








✮次回より学生時代の話に遡ります。
お話の内容が前後してしまいますが、よろしくお願いします_(._.)_