この部屋に人を招くのなど何年ぶりだろう。
一人暮らしをした直後は友達やその当時の彼女や人の出入りも多かった。
仕事は多忙を極め、朝出勤して帰る頃には深夜に及ぶことも…。
通勤にかかる時間や電車の乗り継ぎのロスでそれだけでもクタクタだった。
土日はゆっくりしたいし、寝ていたい。
次第に彼女ともすれ違って別れてしまった。
友達ともたまにやり取りする程度。
職が変わってからは、人付き合いも深くしなくなった。
それだからなのか…
よく鳴るLINEを待ちわびていたし、懐いてくれる潤も可愛かった。
つまらなくなっていた日常に突如光が差した。
それはあまりにも大きな光。
自分に受け止められるかなんて、わかるはずもなかったんだ。
あの時は。
「おじゃましまーす。」
「おじゃまされまーす。
て、急だから汚ぇぞ。」
「うわっ!パンツ落ちてる。」
「こらっ!見るな!」
「目の前にあったら見なくても見えちゃいますよ。」
「これはだな、洗濯取り込んだ時に落ちたんだよ!
ちゃんと洗濯はしてあるからな!」
「そんなこと聞いてなーい。」
上がり込んだ君はキョロキョロと部屋の中を見渡す。
「男の部屋って感じだね。」
「あんま見んなよ。」
釘を打ち、床に散らばった雑誌やら服やらをとりあえずすみっこに寄せて座る場所を確保する。
「プリンどうすんの?すぐ食う?」
「食う!」
これまた小さな折りたたみテーブルをセッティングして、そこにコンビニのビニール袋を置いた。
「何飲む?
コーヒー?麦茶?水…くらいしかないけど…。」
「逆に麦茶があるとか新鮮なんですけど。」
「俺の唯一できる得意料理だ。」
「じゃあ、それください。」
「あいよ。」
ベッドを背もたれにして、ふたり並んで床にひいてあるラグの上に座る。
「あれ?ふたつある。」
「あー、それ新商品だって。お試しに。」
「みたらしだんご味…?」
「みたらし好きだって言ってなかった?」
「言ったけど…
でもプリンなのにみたらしだんごって…。
プリンなの?おだんごなの?」
カラメルが違うのかなぁ?とかなんとかブツブツ言いながら、まじまじと見ている。
「ものは試し。食べてみ?」
「僕が食べるの?毒味!?」
「製作者さんに失礼だろう。」
「んー、じゃあ…」
パカッと容器を開けるとふわっと甘い香りが漂う。
「いいにおーい。」
スイーツに悪いやつはいない。
食べれないほどマズくはないだろう。
スプーンですくうと柔いのかトロリとしてるのが目に見えてわかる。
「おだんごとは程遠いね。」
「ほら、早く食ってみって。」
口に運ばれる様子に食い入るように見てしまっていたから、至近距離で目が合う。
「どぉ?うまい?」
こくりと喉が嚥下する。
「おいしいかどうか…
食べてみる?」
「え…」
もうひとさじスプーンですくい、それを俺に差し出してくる。
「でも…」
今まで回し食いとか回し飲みとか、散々野郎同士でしてきた。
けど…
でも…
君のその口づけたスプーン。
君のその唇を舐めとる舌。
目に映る君のそのすべて。
ダメだ。
変に意識して……
「あ、あるよ!ここにもう1つスプーンが…」
「僕、気にしないよ。」
「その、だな…」
「間接キス、気になりますか?」
「いや、そういうんじゃ…」
ヤバイヤバイ。
変な目で見てたわけではない。
決してそういう意味で考えてたわけじゃない!
「むしろ好きな人に拒否されたらヘコむかな。」
「………え?」
むうっと唇を尖らせて俯く。
俺の受け取らなかったプリンをテーブルに置くと
ひと言。
「櫻井さんが好きなんです。」
そのストレートな言葉から、
君のその視線から、
逃げることはできない。