「落ちたぞ。」
「え、あ…、」
翔くんがスっとおたまを拾い、俺の肩越しから鍋を覗く。
「なに作ってんの?」
「朝ごはん。一応…。」
「へぇ、一人暮らしでもちゃんと作んだ。
うまそー…。」
「翔くんもよかったら…。」
「マジ?やった!
あ、シャワー貸してくんね?」
「も、もちろん!こっち!」
翔くんをバスルームに案内して、扉を閉める。
翔くんが俺んちでシャワー浴びてるとか…。
なにがどうなってんの?
昔?素直?俺、翔くんになにか言った?
まさか余計なこと言ってないよね?
記憶がないって恐ろしい。
混乱する頭とはうらはらに新しい下着を用意する俺。
「迷惑かけたし、これくらいしてもいいよね。」
でしゃばった真似をしたかなと心配したけど、しばらくしてシャワーを済ませた翔くんは「わざわざ悪かったな。」って、言ってくれたから、ちょっとホッとした。
翔くんの言動ひとつひとつが気になってしょうがない。
ここには俺達ふたりしかいない。
いつも様子を伺って助け舟を出してくれるニノはいないのだから。
きっとこうなることをわかってて翔くんに送らせたのだろう。
俺の気持ちを見透かす、アイツは策士だ。
「どうぞ。」
「いただきまーす。」
ごはんとお味噌汁、簡単なおかずを並べた。
「うまー!さすが料理男子だな!」
「並べただけだよ。」
「朝の和食もいいよな。
コーヒーとトーストも嫌いじゃないけど。」
パクパクと箸を進める翔くんに嬉しさが募る。
そんなに喜んでくれるのなら、たまにこうして来てくれたら、俺は…
「作ってくれたらいいよな…。」
「え?」
俺を見てそんなこと言うと、勘違いしちゃうからやめて。
「か、彼女に言えばいいじゃん!」
「んなもん、とっくに別れてるわ。
いつの話してんだよ。」
「うそ…。」
彼女ができると落胆して、別れたら安心する。
そんな身勝手な感情を持つのはもう嫌だ。
そう思ってたのに…
やっぱり翔くんにそういう人がいないと、心のどこかでほんの少し自分にもいつかチャンスが回ってくるんじゃないかって、期待してしまう愚かな自分。
これだけの年月を共に過ごしてきてるのだから嫌われてはいないはず。
「でもさ…」
その言葉はそんな俺をどん底に突き落とす。
バカな期待を持つな。
そう、バッサリと…。
「ちょっと頑張ってみようかな…とは思ってる。」
「……いるの?好きな人。」
「うん、まぁ、気にはなってる。」
「そっか…。」
手元に視線を落とすと、残りのご飯を機械的に口に運ぶ。
味なんてわかんなくなっちゃった。
誰?
翔くんの想う人は誰…?
俺の味覚もその後の会話も、脳内を占領したこの言葉にすべてを奪われてしまった。
イチャイチャが遠い…( ;∀;)