みなさんこんにちは、Enaです。
週末参加したNEXT PLANET愛のコミュニティ
毎月1回2時間強たっぷりとテーマに対して
仲間と経験や意見を共有し、考えを広げています。
今回のテーマは「愛と依存」
パートナーシップや家族、親子関係において
「依存している」とはどんな状態か、
みんなであれこれ話し合いました。
私自身が納得した考え方は、
依存しているとは、相手に何かをするとき、
相手からの見返りという期待があるかどうか、
というもの。
見返りを求めず、
ただやりたいから相手になにかをする。
相手がどう振舞ってもどちらでもいい、
というのは依存していない状態。
反対に、自分がやれば相手も
やってくれるだろうからやる。
相手も同じようにするべきだ、
なにか返してくれるべきだ、
という期待ありきの行動は、依存になりうる、
という考えです。
後者は当然、
人の行動をコントロールすることはできないから、
相手が思うような行動をとらなくて
感情を揺さぶられる。
こういう時って決まって、こんな気持ちは最悪だ。
こんな気持ちにさせるのは相手のせいだ、
と思いがちです。
自分が不機嫌な理由を周りのせいにしている状態、
つまり、自分に人生の手綱がない状態です。
だから反対に、
なんかいつも感情が安定しないし、
それは相手のせいだ、周りのせいだ、
と思っている時は、立ち止まるサインに
なると思います。
で、やりたくないことはやらない。
ただ自分を幸せにご機嫌にしてあげられることに
たくさん時間を使う。
相手は放っておけばいいのです(笑)
自分が好きなことやって、
楽しい嬉しい状態でいると、
相手の行動もちょっとやそっと
気にならなくなるので不思議です。
そしてもう一つそのセッションの中で、
素敵な視点をもらいました。
それは、どの視座で見るかでとらえ方が変わる、
ということ。
ささいないざこざも、
近視的に見ればいい悪いでとらえたくなる。
だけど自分の考えだけが正しいわけでもない。
社会のルールも法律もそのコミュニティが決めた
決め事なだけであって、
時代が変わればトレンドも変わる。
地球規模で言ったらいいも悪いもない。
究極、宇宙規模で言ったら、ただ人間として
酸いも甘いも経験しているだけだな、
となるのだそう
日本ではおとなしく角をたてないことが
よしとされるけれど、
他の場所では会議で意見を言わないのは
やる気がないと思われる。
同性愛に対する見方、
女性が働くことに対する見方、
それらだって数年数十年で
がらっと変わってしまう。
それは単に、あるコミュニティでの
一時的な考えであって、
宇宙レベルでは正しいも正しくないもない
のですよ、と教えてもらいました。
宇宙まで飛んで行ったら、
確かにAll OKかもしれない。
どこまで視座を高くするかは別として、
悩む渦中にいて苦しいなら一歩引いて、
このことを思い出してみると
少し楽になれるかもしれません。
今日も最後まで読んでいただき
ありがとうございます![]()
天空のカフェのテラスから。
