「天皇の祈り」と私たち 〜みあ、見守る存在としての在り方〜
こんにちは、守護龍コーチのみあです。前回は「八紘一宇」という言葉を通し日本が大切にしてきた“まる”の感覚と宇宙の真理との共鳴について綴りました。「八紘一宇」という祈りの中心に立ち続けてきた日本象徴である天皇のあり方に私なりの視点で触れてみたいと思います。🍃「司祭」としての天皇天皇は政治の長でもなく支配者でもありません。「神と人とをつなぐ司祭」でありつづけてきました。日々の祈り、自然への感謝、五穀豊穣を願う儀式それは「自分のため」でなく「すべての命のため」の祈りです。この姿勢に私は守護龍コーチとしての自分の在り方を重ねています。🐉“支配ではなく見守る”という在り方私が惹かれるのは天皇が「制覇」ではなく見守る、祈るように存在しているということ。まさに、守護龍が私たちを見つめる姿ととても似ています。私も人に寄り添うとき「見守る姿勢」を何よりも大切にしています。🌏「大御心」は私たちの心の奥にもある天皇の祈りには、「大御心」と呼ばれるすべての命を大切に想う心が宿っています。この心は私たち一人ひとりの中にも本来あるものだと思うのです。「誰かが上」ではなく「すべてが和の中でつながっている」😊その感覚を思い出せば私たちはもっと優しくもっと誇り高く生きていける。✨わたしが伝えたい「見守る力」守護龍コーチとしての私は“見守る力”を大切にしたいと感じています。導くのではなくその人が本来の輝きを取り戻すお手伝い。見守られている安心感があれば、自分の命をもっと大切にできるから。「天皇の祈り」に通じる“まるい心”は今を生きる私たちの中にもちゃんと根づいている。私はそこに光を当てながらこれからも「まるくて、やさしい道」を歩んでいきます🍀(次回へつづく)