最初に出会ったのはかれこれ10年前。
一時期は一生懸命やっていたものの、
片手間な感じになって早10年。
書籍を読み直してみて、
こういう意味だったかと
膝を叩くこと多数。
例えば、良いことをでもクリーニングする
ということ。
最初にやりはじめた時は、
「良いことがあったらめちゃくちゃ喜びたい」
「クリーニングとかして喜びが薄れるのが嫌」
って思っていたのだけど、
今回やりはじめてみて、
「良いと自分が感じられるものの中に、
記憶の再生や執着から来ているものがとても多い」
ということに気がついた。
他人に興奮して伝えたいような喜びは、
往々にして記憶の再生である。
インスピレーションからくる喜びは、
自分の中をじわーっと満たし、
自他の区分が薄まるような、
周囲もボワーと光に満たされるような喜びなので、クリーニングしたから、寂しくなるなんてことはないのだ。