ASEANのんびり日記

ASEANのんびり日記

東南アジアで働く女子の日々雑感

Amebaでブログを始めよう!
カンボジアの第一言語は現地のクメール語ですが、ほとんど(特に若い世代)の方はそれなりに英語を話せます。(文法やスペルは別として)
彼らは小さい頃から学校で”話せる英語”を習得するのです。
そのため中学英語の知識しかなった私でも日常会話くらいは英語を話せるようになりました。
(ちなみにクメール語は旅行単語もままならないレベルですが・・・)

ここカンボジアは、クメールルージュによる内戦の影響で平均年齢が24歳と若く、街は若者で溢れかえっています。
そこに中国人、韓国人、日本人、欧米人、ロシア人と、さまざまな国の人々が行き交い、色んな言語が飛び交うのが聞こえてきます。

街には各国のレストラン、カフェが立ち並び現地料理が全くダメな私でも食には苦労しません。もちろん日本食も寿司をはじめラーメン、居酒屋に小料理屋と選びたい放題です。

また、昨年6月にイオンモールが華々しくオープンし、ほとんどの生活必需品が揃うようになりました。
オシャレ女子が気になるファッションですが、現地のアジアンな洋服は市場で数ドルから、韓国や中国のブランドは10ドル前後で揃います。
もちろんイオンで日本のブランドもちゃんと売られています。

通貨はUSDと現地通貨のリエル併用です。(一般的には1USD=4000R、最近は4100Rになりつつある)
コイン(cent)は使用されていないので1ドル以下の端数をリエルで払う、といった感覚でしょうか。
ただし公共料金などは全額リエルで支払います。

ちなみに旅行や視察で来られる方は、日本円の旧札は両替の際安く買われてしまうので注意が必要です。
場所によっては日本国内で両替するよりレートが良い場合があるで、USDを買いたい方は少額USDを持って入国し現地で両替するのがいいかも知れません。
また、現地の移動手段であるトゥクトゥクやバイクタクシー、タクシーなどはほとんどお釣りをもっていないので細かいお金は必須です。
レストランやスーパーなどても100ドル札のお釣りがない場合がしばしばあります。

貧困、危ない地域といった印象を持っていたカンボジアですが、街中は高級車が行き交います。
特に首都プノンペンでは、日本でもあまり見ないような数千万円クラスの車を、いわゆる富裕層の人たちがブイブイいわせています。
うちのスタッフ達や普通の人たちはバイクが基本です。
1000ドル以上するバイクをローンを組んで買うのです。

また、スリやひったくりは要注意です。
日本人は特に狙われやすいようです。
iPhoneの盗難も多く、知り合いの日本人数人が被害に遭っています。(私も盗られましたがなんとか取り返しました)
そして実はレイプ事件も非常に多いです。
特に夜10時以降は街の明かりが少なくなり、現地の子でも外出を控えます。

ただ、これらはカンボジアに限ったことではありません。
日本がいかに安全な国か、海外にきてそのありがたみを感じると同時に、日本人は危機管理能力が低いように思います。

気をつけて生活している分には問題ないですし、北海道育ちながら寒いのが苦手な私には快適なカンボジアライフです(*^^*)








カンボジアの首都、プノンペンに住んで2年になります。

ビジネスチャンスで熱いと言われるこの国に来たのは、飲食店の立ち上げのお手伝いがきっかけ。

今は細々と自分の飲食店と会社を経営しながら東南アジアののんびりとした、でも混沌とした雰囲気に魅了されながら日常を送っています。

ここに来る前のカンボジアのイメージは、地雷、貧困、アンコールワット・・・
ビジネスの視点ゼロで、観光地としての興味もさほどありませんでした。

最初に来たのは2013年の7月。勤めていた会社を辞めシェムリアップに3週間ほどの一人旅。
たくさんのバックパッカーと出会う中、プノンペン在住の女性に出会いそのつてで首都プノンペンに1泊2日の弾丸ツアーに。

初の一人旅で当時英語もほとんど話せない私にとってとても勇気のいることでしたが、
知り合ったバックパッカー達の「深夜特急」のような好奇心とフットワークの軽さに感化されていた私は、深夜バスに揺られることおよそ8時間。
プノンペンのバス停に降り立ちました。

最初の印象は、想像していたより都会だということ。
いくつか高層ビルが見え、フランス統治時代の名残を残す建物にはびっしりとお店が並ぶ。
シェムリアップののんびりとした田舎のそれとは違い、とにかく人が多くバイク・車・トゥクトゥクがあちこちから鳴るクラクションとともに行き交う。
とにかく圧倒されたのを覚えています。

帰国後、たまたまプノンペンでラーメン屋を立ち上げる話が舞い込みお手伝いさせていただくことになりました。
これも何かの縁か、そう思っていた私に下された指令は・・・

「物件を探してこい!」

海外旅行経験の少なかった私は、当時現地での通信手段の知識皆無で、アナログな情報だけを頼りに2度目のプノンペンへ飛びました。
知り合いはたった1人、一度来たことのある街とは言え1泊しかしていない街はもちろん右も左もわからず・・・

バックパッカーが泊まる、最安といっていいほどのゲストハウスに滞在し現地で手に入れた日本のフリーペーパーの地図を片手に街を散策。

しかし「for rent」という張り紙をみても通信手段のない私には電話をかけることができず、諦めて日系の不動産仲介会社をそのフリーペーパーから調べ3時間かけてたどり着き、やっとこさ物件を決めました。

そうして様々な準備を経て2013年11月にオープンを見届け、任務完了と思っていました。
が、任せるはずだった日本人が諸事情によりダメになり、しばらく毎月日本と行き来しながら店舗運営をサポートすることに。

そうすること数ヶ月、やっと店舗の日本人責任者が決まり私のサポートは必要なくなったとき、すでにここプノンペンの街や出会った人々に愛着が湧いていました。

日本へ帰り就活するか、プノンペンに残り職を探すか、

ものすごく悩みました。
そこへラーメン屋のオーナーであり立ち上げに誘ってくれた方から、
「自分のお店やってみたら?」と提案をいただきました。

決してグローバル女子でも、起業を夢見る若者でもない私にとって一大決心です。
そして決断しました。

やってみようと。

2013年7月、毎月日本と行き来を続けていましたが日本の家も引き払い必要最小限の物を持ってついに本格的に移住することに。

2013年8月に無事にオープンし先月で1周年を迎えました。
その数ヶ月前に現地法人を立ち上げ、飲食以外の事業にも挑戦しています。


隣国を含め東南アジアの変化を肌で感じながら、のんびりと情報UPしていきます(*^^*)